第5回講座アーカイブ

第5回講座詳細

 

※第5回と第6回は同日開催となります。

 

作り手から受け手まで日本のアニメーション文化はユニークで大きな発展を遂げてきました。この文化を、他分野へ応用すれば、アニメーションの持つ可能性と将来性はもっと広がるのではないでしょうか。2011年4月に設立されたSTEVE N' STEVENから、広告業界のクリエイティブディレクター、アニメーション界のプロデューサーたちを迎え、彼らの挑戦とアニメーションの持つポテンシャリティについて語ります。

(※講師および講演内容は変更する可能性があります。ご了承ください。)

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古田彰一(ふるた しょういち / Shoichi Furuta)

株式会社スティーブンスティーブン代表取締役社長 兼 博報堂シニアクリエイティブディレクター。1967年生まれ。1991年博報堂に入社、コピーライターとして制作局配属。その後クリエイティブディレクターとして、数々のTVCM話題作や大型キャンペーンを手掛ける。2度のTCC賞をはじめ、クリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリスト、広告ギャラクシー賞、ニューヨークADC賞、TCC新人賞、広告批評年間ベスト(2度)、JR東日本交通広告賞ゴールド(3度)など、国内外の主要広告賞において受賞多数。2008年、業界初のクリエイティブコンサルタントとしての活動を経て、2011年4月、アニメーション監督の神山健治と新会社を設立、代表取締役社長に就任。エンターテインメントとコミュニケーションの高次元での融合を目指す。

 

 

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神山健治(かみやま けんじ / Kenji Kamiyama)

アニメーション監督。1966年生まれ。高校卒業後、アニメの自主制作に関わった後、背景美術スタッフとしてキャリアをスタート。『AKIRA』や『魔女の宅急便』等に背景として参加し、フリーに。数々の作品で美術監督を務めた後、演出に転身し、才能を発揮。美術出身の演出家として注目を集め、TVシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』、『攻殻機動隊S.A.C. 2nd GIG』などを監督し、その深い洞察に基づく作品性は、ネットで広範な議論を巻き起こし、実際の社会にも影響を与えた。また、DVDセールスも累計230万枚を超える大ヒットとなり、国内外に熱狂的なファンを獲得する。さらにTVシリーズ『精霊の守り人』を監督し、一般層・高年齢層からも大きな評価を得た。その後、原作・脚本・監督を務める『東のエデン』では、初の完全オリジナル作品として高視聴率をマーク。劇場版2作は、7スクリーン公開開始ながら、20万人に迫る大ヒットを記録。2011年に公開した『攻殻機動隊 S.A.C. SOLID STATE SOCIETY 3D』では、9スクリーン公開で10万人を超える動員を記録している。2011年4月、株式会社スティーブンスティーブン共同CEOに就任。現在、最新作『009 RE:CYBORG』を鋭意制作中。

 

 

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石井朋彦(いしい ともひこ/ Tomohiko Ishii)

プロデューサー。1977年生まれ。1999年スタジオジブリ入社。鈴木敏夫氏に師事し『千と千尋の神隠し』、『猫の恩返し』、『ハウルの動く城』でプロデューサー補、『ゲド戦記』で制作を担当。2006年、Production I.Gへ移り、押井守監督『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊2.0』、神山健治監督『東のエデン』、『攻殻機動隊S.A.C.SOLID STATE SOCIETY 3D』をプロデュース。2011年4月、株式会社スティーブンスティーブン取締役に就任。最新作『009 RE:CYBORG』を制作中。映画のみならずCMやイベントなど、幅広いプロデュース活動を展開。

 

 

 

 

 

 

講師:古田彰一(株式会社STEVE N' STEVEN代表取締役CEO/クリエイティブディレクター)

   神山健治(株式会社STEVE N' STEVEN共同CEO/映画監督)

   石井朋彦(株式会社STEVE N' STEVEN取締役/プロデューサー)
聞き手:岡本美津子(東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻教授)

 

 

岡本 : 現代プロデュース論は、アニメーションのプロデュースに焦点をあてた公開講座として、世界のアニメーションのプロデューサーのケーススタディを紹介してきたシリーズで、今年で3年目を迎えます。今回はプロデュースという概念を広げて、日本アニメーション業界の最先端をいく株式会社STEVE N’ STEVEN(スティーブンスティーブン)[※1]の古田彰一氏と神山健治監督、そしてプロデューサーの石井朋彦氏をお招きしました。私自身も、なぜアニメーションの神山監督が共同CEOを務めることになったのか、興味を持ちましたので、今日はお三方に詳しくお話を伺いたいと思います。

 

古田 : STEVE N’ STEVEN代表取締役兼クリエイティブディレクターの古田です。今日は初めて公の場でSTEVE N’ STEVENについてお話しします。僕は長年博報堂でコピーライターとしていろいろな仕事をやってきましたが、神山監督の大ファンで、Twitterを通して監督とやりとりをしたことがきっかけで意気投合し、その後石井プロデューサーを紹介され、昨年(2011年)4月1日会社設立に至りました。本日は、まずアニメーション業界と広告業界が組むことで何ができるのかという概論をお話して、後半ではもっとディープな話を皆さんとしたいと思います。

顧客と観客

古田 : 広告業界の僕が神山監督や石井プロデューサーと組むということは、すなわちアニメーション業界と広告業界が組むことであり、そこにはさまざまなフェーズの違いがあります。まず、一人のお客さんについてのとらえ方が異なります。アニメーション業界はコンテンツをつくりファンを形成して、生活者を「観客」としてとらえることに長けた業界です。一方、広告業界はクライアントがいて、生活者を「顧客」としてとらえたビジネスを培って来た業界です。ものを買ったり映画を見たりする一人の人間のシームレスな行動が、売り手側の事情によって顧客と観客と区別されていて、まずこの点が融合しません。
 またワークフローの時間軸が違います。15秒のCMをつくるのに、アニメーション業界では2ヶ月前後かかるのに対して、広告業界では企画にGOが出てからオンエアまで最短で2週間くらいで作れるケースもあります。この時間軸が全くマッチしないという大きな課題がありました。

神山 : CM撮影なら企画が決まれば段取りを踏んでいけるのですが、アニメはまったく白紙の状態から絵をおこしていくので、オーダーをいただいてからスタッフ集め、デザイン、絵コンテおこし、制作アニメーターの手配、とやっていくとどうしても2ヶ月くらいかかってしまいます。

 

石井 : テレビシリーズでは、一話22分を1~3ヶ月前後でつくっていますが、第1話が生まれるまでには、多くの作品がプリプロダクションに半年から1年をかけています。その部分がないと、たとえ15秒でも実際感のある作品に仕上がらないので、CMのように短い尺の中で様々な条件を成立させなければならないケースは、実は2ヶ月でもきついんです。

2つのブレイクスルー:バックキャスティングとCGイノベーション

古田 : この時間軸を解決しない限り、一緒にビジネスしていくことは難しい。そこでSTEVE N’ STEVENを立ち上げるにあたって、2つのブレイクスルーがありました。ひとつはバックキャスティングというスケジューリングの手法、もう一つはCGイノベーションです。
 バックキャスティングとは、振り返りの逆算スケジュールで、その一番の例がアポロ計画だと言われています。米ソ宇宙開発競争さなかの1961年、「アメリカは10年以内に月に人類を送る」とケネディ大統領が高らかに謳い上げましたが、アメリカ中のありとあらゆるエキスパートが集められて人類を月に送るシミュレーションをした結果、計画の実現は難しいという報告を上げます。だが、いまさら訂正するわけにいかない。その時に用いられたのが、バックキャスティングの手法です。
 まず、10年後の何月何日何時何分、月に人類が立った、ということから設定します。次にその1分前には何がどうなっていなければならないか、1時間前はどうか、5時間前、1日前、1年前は……というように、決めたことから逆算して各部署の仕事をシュミレーションしていったのです。バックキャスティングがなかったら、人類は月面に立っていなかったとすら言われています。
 このバックキャスティングの手法をSTEVE N’ STEVENのスケジューリングに採用しました。CMの制作フローにおいては、オンエアの日に後ろ合わせで、営業やアニメサイドなど各部署のやるべきことをバックキャスティングしていくことで、時間軸のズレを解消することができました。

 

石井 : これまでは、クライアントである企業と広告会社の間で企画がだいぶ進んでから、ようやくアニメスタジオに話がきていました。よって、企業側の意図や要望に応える時間もないまま制作するしかなく、結果的に作品としては良かったけれど、売上には繋がらなかったので次はありません、ということが繰り返されてきたんです。クライアントの要望とアニメーションの現場ができることを上流でクリアにしておくことを、古田さんがやられたというわけですね。

 

古田 : 二つ目のブレイクスルーにCGイノベーションがあります。これは、今秋公開予定の神山監督の新作『009 RE:CYBORG』を例に説明していただきます。

 

神山 : 今回の作品は初めてフル3Dで制作して、手描きのセル画が存在しません。3DCGだけど、見た目にはセルアニメに見える「セルシェーディング」という処理をしています。日本のアニメーションが昔から得意とする、手で描くセル画のアニメーション技術を生かして、海外のお客さんにも喜ばれるセルルックのアニメーションを制作していこうとしています。

 

石井 : 3DCGのアニメーションは大きく3つの分類ができると思います。
 一番有名なのはピクサーがやっている手法で、立体空間上に作られた舞台の中で、人形のような立体のキャラクターを置いて動かす手法です。オモチャや魚の世界等、デフォルメされたキャラクターを生き生きと動かし、子供から大人までが楽しめる、古典的な物語を扱います。  
もうひとつは『アバター』や『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』のように、実際の人間が存在する世界の中にリアルな3DCGを持ち込むという手法です。これは特撮やSFでやられていたことが3DCGに置き換わったといえます。
 三つ目は、人物も本格的にリアルな方向性で表現する3Dアニメーションです。日本の3Dアニメーションは、ゲームの世界で進化する特異な歴史をたどっていて、セルアニメに対抗する別の流れとして進んできましたが、人間の表情や芝居は、リアルにつくればつくるほど偽物にみえてしまう。残念ながら、この手法の成功例はほとんどありません。  

 また、海外においてアニメーションは1秒間24枚のセルでできていますが、日本のアニメーションは8枚から12枚のリミテッドアニメーションで、24コマのうち、同じ絵が何枚も表示されます。予算的制約という理由もありますが、歌舞伎の「見得」のように、お客さんに見て欲しい絵だけを見せる事ができます。今、神山監督はProduction I.Gサンジゲンのスタッフとで、「セルアニメーションで培ってきた表現手法を、3DCGという技術を使って、いかに表現し、追い越す事が出来るか」を追求しています。

 米国ではセルアニメーションは終わってしまったと言われます。しかし、これには裏事情があって、様々な行き詰まりの中でセルアニメーションのヒット作品が出なかった90年代後半、当時の企画・製作者が「ヒットしないのは我々の企画のせいではない。セルアニメのせいだ」ということにして、産業そのものを3DCGに移行してしまった。北米でもセルアニメーションの需要がある事は、多くのテレビシリーズの存在や、先日リニューアルされた『ライオンキング』のヒットが証明しています。

 

神山 : 10年前には、キャラクターをCGで描くことには抵抗がありました。手描きの良さは3Dでは表現できないと考えられていたし、アニメーターの仕事が奪われるという心配もありました。しかし、当時主戦力だったアニメーターも、10年歳をとるわけです。プロ野球と同じで3割バッターも二割二分くらいになっていて、しかもアニメーター志望の数は10年前の4割に減っている。

 人材が枯渇しかかっている状況の中で、日本のアニメーションは手描きのセルがいいと求められ、みんな寝ないで苦労している。どこか省力化しないと限界だという時に、3Dを導入することで、絵を描くのが得意な人や動かすのが得意な人、それぞれ得意なことに携わって分業していく方法を探ることができないかと考えたんです。それまでの鉛筆というツールをマウスに持ち替えることで、現場からは不安な声も起きましたが、個々のスタッフの苦しい状況を取り除くツールだと理解してもらって、大きく仕事をしていくことが可能になったわけです。

アニメーションを使うメリット、「アニメリット」は何か

古田 : STEVE N’ STEVENという業態が生まれたことで、アニメのメリットをクライアントにもっと理解してもらいたいと思っています。いくつかあるメリットの中からひとつ紹介すると、アニメーションはものをデフォルメする効果があります。

 

神山 : アニメーション表現の効果がよく現れている例で、『アルプスの少女ハイジ』の中で、おじいさんがチーズを薪の火に当てて、溶けたチーズをハイジがパンにのせて食べるシーンがあります。このシーンが流れた翌日からチーズの売上げが伸び、半年後にはとろけるタイプのチーズが商品開発されたそうです。実際のチーズでやってもここまではならないけれど、記号化することで本来のよさを端的にかつ大げさに伝えることができます。ここはアニメーションのよいところです。

 

古田 : われわれはこれを「デフォルメーション効果」と呼んでいます。

 

神山 : ブレードランナー』では、セットをつくったのに未来の世界が嘘にしか見えなかった、そのためにセットを見せないことでようやくリアルに見えたという話があります。アニメはすべてが作り物の世界ですから作り物の違和感はそんなにない。そのかわりに、アニメはちょっとリアルにするとすごくリアルに見えますが、リアルにしすぎると失敗します。そのメリット・デメリットの活かし方に自覚的であることがSTEVE N’ STEVENの売りかと思います。

 

 

 

すべての顧客を観客に

古田 : 第二部へ進む前に、我々の考え方をまとめておきたいと思います。STEVE N’ STEVENのコアコンセプトは「コンテンツ・ドリブン」です。すなわち、コンテンツでドライブしていくということです。広告業界はメディアと密接につながっているためにメディア・ドリブンな部分が多いのですが、我々はコンテンツを起点にしてすべてを動かしていこうという思想です。レストランで言えば食器やテーブルコーディネートなど、容れ物からデザインしていくのがメディア・ドリブンだとすると、コンテンツ・ドリブンは料理の味にこだわるということ。うまいラーメン一杯あればお客さん来るよね、という部分を信じたいのです。
 冒頭で、顧客と観客という話をしましたが、観客を顧客にするのは比較的よく行われています。映画を見たあとに関連グッズを買っていただくという流れは今までもありました。でも僕らはその逆をいって、顧客を観客にするという発想でいきたいと思っています。
 例えば映画を見ることは2時間の体験ですが、映画に行く前のワクワクや見終わったあとの余韻も含めると、その体験はもっと大きい。映画の外側も作ることで、映画体験はもっと豊かになる。これをわれわれは「10000時間の映画」と呼んでいます。10000時間とは、ほぼ1年。その時間に向けて、映画の延長上で楽しめる商品をコンビニと開発したり、WEBに映画のサイドストーリーをアップしたり、キャラクターが映画の中の役回りとは別の一面を見せるCMを作って、映画を拡張していく。すべての生活装置を映画体験として活用することで、顧客を観客にしていきたいのです。そのためにも、核となる映画そのものが強くなければならない。そこで神山さんのような稀代のクリエイターと組んだわけです。

 

( 第6回「超実践的シノプシス講座」につづく)

 

 

 

 

[脚注]

1. STEVE N’ STEVEN

2011年4月1日に博報堂と博報堂DYメディアパートナーズが出資し、アニメーションの企画・制作ノウハウを用いたコミュニケーションコンサルティングする会社として、博報堂クリエイティブディレクターの古田彰一とアニメーション映画監督の神山健治、アニメーション映画のプロデューサー石井朋彦が設立。広告業界とアニメーション業界とのコラボレーション、クリエイター自ら出資して経営に参画するなどが話題を呼んだ。