第4回 アニメーションとメディアの新しい関係~ニコニコ動画の生み出したもの講師:片岡義朗(株式会社ドワンゴ 執行役員)2013年2月26日(火)18:30〜20:00(18:00開場予定)終了いたしました。講座のアーカイブはこちら | |
映画からテレビへ、アニメーションはメディアと共に発達してきました。ところが、作品に対するコメントを共有しあったり、ライブ(生放送)でイベントや上映をともに見るなど、今、ニコニコ動画で起きていることは、世界的なアニメーションシーンから見ても、とても特異なことなのではないでしょうか。映画から始まり、テレビで発展してきたアニメーション文化や産業は、このインターネットを使ったメディアとともにどう変化していくのでしょうか。漫画・アニメ起源のミュージカルを製作しこのジャンルを生み出すなど、アニメーションのワンソフト・マルチユースのメディア展開を手がけてきた片岡義朗氏が、様々な事例を踏まえながらアニメーションの将来像を語ります。
片岡義朗(かたおか よしろう)株式会社ドワンゴ 執行役員 兼 プロデューサー。 アニメプロデューサーとして「タッチ」「ハイスクール!奇面組」「蟲師」「ガンスリンガーガール」「HUNTER×HUNTER」「姫ちゃんのリボン」「遊戯王デュエルモンスターズ」「家庭教師ヒットマンREBORN!」「僕等がいた」「CAPETA」「ホイッスル!」「あした天気になあれ」「キテレツ大百科」「こちら葛飾区亀有公園前派出所」「るろうに剣心」などに参加。 ミュージカル「テニスの王子様」「HUNTER×HUNTER」「エア・ギア」「DEAR BOYS」「聖闘士星矢」「赤ずきんチャチャ」「水色時代」「少女革命ウテナ」など、アニメ漫画起源のミュージカルを日本で初めて漫画アニメファンに観に来てもらえるように、目的意識的にプロデュースしアニメーションビジネスの重要な部分としてこの分野を生み出した。 現在は「千本桜」などボカロ曲のミュージカル化とその生中継配信ネットチケット化、「戦勇」「あいうら」などネット漫画のアニメ化とその作品のネットファースト(=ニコニコ動画)配信に取り組んでいる。 また、日本製アニメの世界多言語配信と「JAPAN EXPO」など海外の日本コンベンションへの出展とニコニコ動画での世界生中継配信などを通じ、ジャパンクールの世界標準化に取り組んでいる。 |
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講座アーカイブ岡本 : 第4回目となる今日は、数々のアニメーションをプロデュースされた後、ニコニコ動画(以下:ニコ動)[1]を運営する株式会社ドワンゴの執行役員、片岡義朗氏をお招きしました。よろしくお願いいたします。 片岡:まずは簡単に自己紹介させていただきます。プロデューサーという職業に携わって40年ほどになりますが、スタートラインは『宇宙戦艦ヤマト』の営業からです。そこから旭通信社(現:アサツーディ・ケイ(ADK))でプロデューサーとなり、『タッチ』『ハイスクール!奇面組』『るろうに剣心』などたくさんのアニメを手がけました。 岡本:『タッチ』はみなさんが知る大ヒット作品だと思います。この作品はどのようにして生まれたんですか? 片岡:これは私が企画しましたが、当時所属していた会社で大反対を受けましてね。「いい漫画かもしれないがこのマンガがアニメになっておもしろいわけがない」とか、「キャラクター商品をつくるスポンサーがつかないよ」とか。同僚と上司に「辞表を書いて、辞めるつもりならテレビ局に提案してもいい」と言われて辞表を書きましたよ。そして提案したフジテレビでも第1話の試写を見た上層部の方から面白くないと言われたり……。押し問答してなんとか通して、放送がはじまったら最高視聴率34.7%をとりました。 ◆「アニミュ」というアニメビジネス岡本:今回、「ニコ動の話を中心にお願いできますか?」と片岡さんにお話したとき、「僕はニコ動に属しているけれど、同じぐらいのウェイトを持ってアニメの舞台化に希望を見出している。その二つは両輪だ」と言われたんですね。ニコ動の話に入る前にアニメのミュージカルのお話をまずお伺いしてよろしいでしょうか? 片岡:なぜアニメの舞台化がアニメビジネスにとって重要かというと、まずキャラクターとファンの関係性を考えていただきたい。放送は上から下へと流れる一方通行ですよね。その放送を見ながらキャラクターのファンになる方が大勢いらっしゃいます。次に、ニコ動で配信しているものをパソコンでコメントを打ちながら見ると、より強くキャラクターのファンになると思うんですね。ある種、2WAYコミュニケーションが成立するんです。 岡本:アニメや漫画、ゲームのミュージカルを示す「アニミュ」という言葉が浸透していることからも、ジャンルとして定着していることがわかります。片岡さんはなぜここまで人気を得たと分析されていますか? 片岡:アニミュとしてジャンルを確立した『テニスの王子様』ですが、これを企画したときは「誰がスポーツの舞台なんで見に来るんだ」「大勢のキャラクターを再現できるわけがない」とさんざん言われました。初演は750人収容できる会場に300人ぐらいしかお客さんが来なかったんです。これは僕の独断と偏見ですが、ユビキタス社会と言われるようにどこにでも端末があり、いつでも誰でも気軽に娯楽が楽しめるようになった。そうすると、娯楽がどんどん個の世界に入っていくんですね。その分、人は人肌のぬくもりを欲しているのではないでしょうか。舞台では客席の間を駆け抜けたりもしますが、本当に風が吹くし、場合によっては汗も飛んでくる。それが嬉しい。人間はそういう存在なんじゃないかと思います。 岡本:『テニスの王子様』は目の前で役者が演じることに魅力があり、片岡さんが今手がけられているニコ動はあくまでもモニターを通して場所や時間を共有する。両者は反対のところにあるわけですよね。そこが興味深いです。 片岡:「接する感覚を大切にする」というのが持論ですね。舞台を見ていると、一方通行だとは思いません。生身の人間が演じるということに関して、舞台と実写映画やドラマは近いと思われがちですが、まったく違います。僕は、舞台はアニメと同じ表現だと考えています。アニメも舞台も、誇張と省略表現なんですね。舞台上で「ここはリビングで、テーブルがあります」と言ったら、何もなくてもそこはリビングになります。観客は脳内で「これはリビングなんだ」と脳内変換して見てくれているんです。アニメも同じで、例えば目をパシパシやっていたら戸惑っているとか、記号化された表現がある。これも脳内変換して見るわけです。つまり、どちらも観客が「見る」という行為を通して能動的に参加しているんですよ。そう考えると、アニメと舞台は近くて、アニメの舞台化というのがジャンルとして定着するのはよくわかります。 岡本:その他に、よく知られた物語やキャラクターであることも重要ですよね。 片岡:例えば、学校の行事でミュージカルを見に行った子どもが母親に「今日『異国の丘』を見たよ!」と言っても、きっと舞台を見る習慣がない母親はピンと来ないでしょう。そうすると、会話が終わってしまうんですね。中学2年生の女生徒が母親と『テニスの王子様』を見て、学校でそのことを話すと「不二周助は誰がやってた、どんなだった、似てた、歌うまかった?」と絶対話題が広がるんです。これは舞台だけの話ではなく、エンターテインメントをつくるプロデューサーが心がけるべき事柄だと思います。 岡本:より深く楽しめるというのも、おもしろいですね。まったく知らないものを見ると、ある意味で理解の第一次段階にとどまるのですが、原作やキャラクターを知った上で見ると、見方がつくり手側になっていく。 片岡:そうですね。アンケートをとると、『テニスの王子様』で初めてミュージカルを見たという人が約7割。残りの約3割には、アニメを一切見ないで最初に反応してくれた宝塚ファンの方も多いです。これまで見たミュージカルは、それこそ最初は宝塚や劇団の名前を書く人が多かったのですが、最近では『BLEACH』や『黒執事』など別タイトルの名前がどんどん出てきています。ここまでアニメミュージカルがよく知られている背景には、今の若者にとって友達と会話するときの共通言語が漫画やアニメにあることが言えると思います。
◆ニコニコ動画—クリエイターやコンテンツホルダーに利益を還元するメディア岡本:片岡さんが両輪とされている舞台とニコ動では、観客/ユーザーは別のタイプの人たちですよね。ニコ動でのお仕事についても具体的におきかせください。 片岡:まずニコ動のターゲットプロフィールについてお話します。現在、ID登録会員数で3000万人、月525円を支払うプレミアム会員が190万人います。だいたい月に必ず増加していて右肩あがりです。総務省の統計による20代人口の約1200万人の内、90%がニコ動ID登録をしています。男女比でいうと、男性が67%、女性が32%、最近は少しずつ女性の比率が伸びてきていますが、それでも基本的なユーザーは男性のほうが多いです。 岡本:片岡さんは、ニコ動に転職されましたが、そこで目指されているものは何ですか? 片岡:ニコ動でアニメ展開するのには目的があります。最近のニコ動を見ていただけるとわかりますが、いわゆる著作権を侵害するような映像はほぼ撲滅しています。みなさんが仰ることですが、日本のアニメーションビジネスのスキームは違法動画が壊したと考えられています。2006年が日本のアニメーション産業のピークと言われていますが、この頃から違法動画サイトが増えました。違法動画サイトは、どんなに閉鎖に追い込んでも次から次へと別のサイトが立ち上がります。そこで我々は、正規のルートできちんと許諾を受けたアニメ配信をすることが、違法動画を駆逐するいちばんの近道だと考えたんですね。我々が使用料を払い、クリエイターやコンテンツホルダーにお金が戻るという仕組みをつくっていきたいと思っています。 岡本:具体的にはどのようなアニメが配信されているのでしょう? 片岡:ニコ動でアニメ配信を本格的に始めたのは2011年10月からです。ニコ動のアニメ展開は6つにわけられ、現在週1回のペースで配信している新作アニメ、約500作品を配信中の旧作アニメ、原則無料で行う一挙放送、アニメの新作情報やイベント情報を告知するアニメプロモーション番組、「アニサマ」[2]などのアニメイベントやライブの生中継があります。新作アニメは、ニコ動の独自コンテンツという意味ではなく、コンテンツホルダーがつくられたアニメの配信権を借りてニコ動で配信しているものです。 岡本:一挙放送などが無料で見られるとなると、収益はどのように上げていらっしゃるのですか? 片岡:プロモーションでの旧作配信がうまくいっている例でいうと、勝手に名前使って申し訳ありませんが、竜の子プロダクション(以下:タツノコ)があります。タツノコ側としては、有料放送を行なって旧作で収益を上げたいという目的があるのでしょうが、そこにお客様を呼び寄せるために数話ずつ生放送を行い、他の話を見たいときは有料で見ていただくようなシステムです。「ちょっと見たら続きが見たくなる」心理を応用していますね。 岡本:ニコ動は、コンテンツホルダーにとって旧作で収益を得られるだけでなく、プロモーションメディアとしても認識されているということですね。 片岡:そうです。むしろプロモーション機能をいちばん期待されていると思いますね。これまでのアニメ放送は「ほかのどのメディアよりも先立って放送するのが地上波テレビ局だ」という強い固定概念のもと、行われていたんです。それは地上波TVのもつ圧倒的な拡大機能がそのタイトルを知らない人にも知らしめる力があるからで、それは今でも真理ではあるのですが、でも、地上波で放送された瞬間にコピーされて、違法動画サイトに配信されてしまう。本来得べかりし利益の喪失が拡大と同時に行われてしまう。コンテンツにとって望ましいビジネスモデルは、視聴者をコアファンとライトユーザーと通りすがりの人たちに分けて露出できる、そんなコントロールが効くメディアプランだと私たちは考えています。いちばんコアなファンには先に有料でお金をいただき、フリーメディアでもっと大勢の人に見てもらう。そうすれば、後々違法動画サイトにコピー動画が上げられたとしても、コアなファンの方々に払っていただいた最初のお金がコンテンツホルダーに還元されます。 ◆「ネットは無料で見るもの」という概念を払拭したい岡本:ニコ動には、企業や団体が運営しているチャンネルもありますよね。 片岡:「ニコニコチャンネル」ですね。これは権利者さん自身がチャンネルを開設・運営しているものです。ニコ動は放送局ではなく、広場なんですよ。私たちはサーバーを提供し、お客様の導線をつくり、誘導する機能を持っているだけなんです。2012年11月29日現在、2,208チャンネルが開設されており、ニコ動がコンテンツを購入して配信するよりも、コンテンツホルダーがここで公衆送信していくのがいいのではないかと、積極的に働きかけているところです。 ◆原作は書き換えられることで、著作権はもう一度生まれ、生き残る岡本:私がいつもネットメディアに対して不満に思っていたのは、公開されても制作者に還元がない、もしくはとても少ないこと。この問題をクリアするため、ニコ動では新しい仕組みも始められていますよね。 片岡:2011年から始めた「コンテンツツリー」ですね。これは、ニコ動ユーザーが投稿したものは、他のユーザーが勝手に手を加えていいというもの。著作権法では、権利者が誰かという規定があり、規定者に使用料を払わなければならないですよね。勝手につくりかえることもダメですし、規定者の名前も消してはいけない。しかし、ニコ動の考え方は「著作権は更新されてはじめて命が長らえる」。つまり、書きかえられて初めて著作権はもう一度生まれ変われるし、もう一度生まれる。一番いい例が源氏物語ですよ。源氏物語は1100年代に紫式部が書いたものですが、常に書きかえられて今まで生き残っている。瀬戸内寂聴さんや円地文子さんたちにどんどん更新されて、その都度違ったかたちになるんですね。そうやって著作権が生き延びることが、著作物そのものにとってはいいことだと思うんです。更新されないと、埋もれて消えてしまいます。 岡本:原作者に何百万円というようなまとまった金額が還元されたということですね。利用する人は「自分がこの曲を利用しました」ということを登録して、それがフィードバックされると。 片岡:ニコ動ではこれを「子ども手当」と呼んでいます。世間で言う「子ども手当」は行政が子どもに支払うお金のことですよね。ニコ動では、子どもが親にお金を払う仕組みになっています。そして、子どもが親にお金を払ったら、親がおじいちゃんに払う、おじいちゃんはひいおじいちゃんに払う。二次創作者にも、三次創作者にもお金が入る仕組みです。 岡本:それはユーザーが支払うのではなく、ニコ動が支払うのですか? 片岡:そうです。さきほど、著作権は更新されて初めて生き長らえると話しましたが、これには創作者にお金が支払われないというウィークポイントがあります。そこで、プレミアム会費の中から年間予算を決めて配分原資にし、適用料率を決めて支払うかたちにしています。 ◆アニメ界の危機とプロデューサーの役割岡本:私は日本のアニメは消費されすぎではないかと思うことがあります。アニメはもっと一粒で何度でもおいしいのではないかと。そこをつなぎ、ビジネスに乗せ、さらに還元するのがプロデューサーの役割だと思っているのですが、それはまさに片岡さんのプロフィールですね。アニメのプロデューサーとしてコンテンツそのものをつくられていた方が、舞台、ニコ動という異なるジャンルに進出され、まさにアニメというひとつのコンテンツを拡張していらっしゃる。 片岡:ミュージカルもニコ動の配信も、周辺ビジネスです。アニメビジネスの核は、やはりクリエイターの制作するもの。だからこそ、新しい才能がどんどん出てきたり、才能がある人が新しい企画に挑戦する舞台をつくるのが僕の役割だと考えています。 [脚注]
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