平成27年度ASEAN文化交流・協力事業(アニメーション・映画分野) | » Home

背景とねらい

 近年の映画制作工程のデジタル化によって、最も大きな影響を受けたのは、おそらくポストプロダクション の分野であろう。デジタル以降の映画作品の多くは、一見して分からなくとも、グレーディング等の何らかのデジタル処理が施されているものがほとんどだと言っても過言ではない。また編集作業においては、デジタル撮影が普及したことで1カットあたりのテイクの回数が多くなり、撮影素材の量が増加している。編集作業量が以前よりも膨大になり、結果的にポストプロダクションにより多くの時間がかかるようになったという意見も聞かれる。

 これは、映画作品全体におけるポストプロダクションの重要性が、フィルム時代以上に大きくなったいうことでもある。撮影段階が重要であることに変わりはないが、ポストプロダクションにおいて撮影素材をどのように修整するか、そして膨大な撮影素材の中からどの素材を選び、どのような物語として構築するかという編集作業が、デジタルシネマではこれまで以上に重要性を増している。

 しかし、ポストプロダクションの中でも一見してわかりやすいVFX等の視覚効果と比べて、編集の分野は、映画全体のクオリティーや評価に直接的に関わる重要なポジションであるのにもかかわらず、その重要性の認知が他に比べて低いといわざるをえない。

 こうした状況を背景として、本事業では映画の「編集」にスポットを当て、日本を代表する映画編集者である宮島竜治氏のマスタークラスを開催することとした。日本映画が長年培ってきた映画編集の哲学と、現在の日本映画を支えている編集技術をシンガポール若手作家たちに直接伝えることを目指し、さらにはシンガポール未公開の宮島氏の作品を上映する特別の機会とした。

 本事業のテーマとしては「日本の編集表現技術とアジア若手映像作家の感性の融合」を掲げ、日本映画の第一線で活躍する現役の編集者との交流を通じて、シンガポールの若者たちの日本映画への理解を深めるとともに、彼らの創造性を刺激しうるマスタークラスにすることを目指した。

実施体制

日本側
講師 宮島竜治(映画編集者/東京藝術大学非常勤講師)
ディレクター 横山昌吾(東京藝術大学特任助教)
ディレクター補佐兼通訳 田中直毅(東京藝術大学助手)
プロジェクトプロデューサー 岡本美津子(東京藝術大学教授)
プロジェクトマネージャー 江口麻子(東京藝術大学特任助教)
企画・運営 東京藝術大学大学院映像研究科
全体統括 公益財団法人ユニジャパン
事業主任 前田健成(国際事業部情報発信グループ統括プロデューサー)
事業担当 本多麻由(国際支援グループ)
シンガポール側
現地コーディネーター 浦田秀穂(撮影監督/LASSALE College of the Arts講師)
参加教育機関 LASSALE College of the Arts

講師プロフィール

  • 宮島竜治 (映画編集者/東京藝術大学非常勤講師)

実施概要

《事業名》

『映画マスタークラス』

《日程》

平成27年11月28日(土)

《場所》

LASSALE College of the Arts 4F講義室

《プログラム》

10:00-12:00 :作品上映『ウォーターボーイズ』(監督:矢口史靖/編集:宮島竜治/2001年/91分)
12:00-13:00 :昼食
13:00-15:30 :講義
15:30-15:45 :休憩
16:45-17:45 :対談、質疑応答
18:00 :懇親会

《参加者》

受講生:LASSALE College of the Arts(Faculty of Media Arts)学生 ●●名

《使用言語》

日本語・英語(逐次通訳)

プログラム内容の詳細

《作品上映》

 冒頭、ディレクター等からの挨拶と宮島氏の紹介に続いて、2001年の作品『ウォーターボーイズ』を上映した。この作品は、宮島氏が編集技師として映画業界に認知されるきっかけになった作品である。同年の日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞しており、更に宮島氏が日本アカデミー賞の最優秀編集賞を受賞している。当時の日本を代表する作品の一本であるが、シンガポールではこれまで未公開の作品だったことから、この機会に配給会社の許諾を得て特別上映することになった。なお当時の制作体制はフィルム編集が主流であり、この作品もフィルムで編集されている。

《講義》

 上映後の講義では、参加者に編集の重要性と可能性をより深く理解してもらうために、実際に宮島氏が編集した作品のワンシーンの素材を使いながら、編集でどのように物語、映画が変化するかを具体的に提示しながら行った。『ウォーターボーイズ』の制作についてだけでなく、その他の映画のシーンも部分的に上映しながら、編集的な狙いはどこにあるのか、またシーンの裏側で監督とどのような話し合いが行われたか等について、具体的なエピソードを交えながら説明が行われた。

 また、編集者に必須の構成力を鍛える一つの方法として、トレーラー(予告編)作成の利点について説明が行われた。宮島氏が担当したクエンティンタランティーノ監督作品「Kill Bill」(03)の日本版トレイラーと本国アメリカ版トレイラーの違いや、トレイラー制作にまつわる裏話などを交えて講義が行われた。

《対談、質疑応答》

 対談は、宮島氏とLASSALE College of the Arts講師であり撮影監督として活躍する浦田秀穂氏とで行われた。両者の間で、日本とシンガポールの映画制作の違いから、編集の関わり方の違いなど、日本とシンガポールそれぞれの制作体制の利点と欠点を話し合いながら、撮影領域と編集領域(ポストプロダクション)の関係や、編集がフィルムからデジタルになったことで編集作業にどのような違いが生じたかなど、技術的な観点からの話も行われた。
 質疑応答では、編集全般に関する一般的な質問から、編集者の本来のあり方や宮島氏の編集哲学についての質問までバリエーションに富み、宮島氏も参加者も積極的に議論に参加していた。

《懇親会》

 マスタークラス終了後、学内でアニメーション分野と合同の懇親会が行われ、参加学生と宮島氏が直接話をする時間が十分に設けられた。学生達は、現在直面している編集に関する問題や疑問、解決方法について、積極的にアドバイスを求めていた。宮島氏も彼らの質問に時間をかけて真摯に答えて下さった。

アンケート結果

今回のマスタークラスは、面白かったですか?

非常に面白かった 50%(13)
ある程度は面白かった 50% (13)
あまり面白くなかった 0 (0)
全く面白くなかった 0% (0)
どちらとも言えない 0% (0)

今回のマスタークラスで学んだことは、今後、あなたの制作の役に立つと思いますか?

非常に役に立つ 54% (14)
ある程度は役に立つ 46%(12)
あまり役に立たない 0% (0)
全く役に立たない0% (0)
どちらとも言えない0% (0)

今回の今回のマスタークラスで、あなたはどのようなことを学びましたか?

・日本の映画制作の文化や、発達した技術で作られた映画の美しさ(35ミリなど)、色々な役割の人が集まった環境の中で働くことから得る様々な経験、独自の感性・スタイル・意見を見つける重要性を学びました。
・このクラスは、映画制作に対する自分の野望をかきたててくれました。また、一般に当たり前と思われている法則に、左右されてはいけないということを教わりました。
・様々な編集スタイル、映画編集とデジタル編集の違い、日本の映画制作の文化。
・日本の映画人が現場でのお互いを信頼しており、それにより、それぞれの専門的なスキルがきちんと作品に反映されているのだとわかりました。

今回のマスタークラスを通じて、日本の映画に対する理解・関心が高まったと思いますか。

強くそう思う 42%(11)
ある程度はそう思う  58%  (15)
全くそう思わない 0% (0)
どちらとも言えない 0% (0)

今後、また同様のワークショップがあれば、参加してみたいと思いますか。

強くそう思う 69%(18)
ある程度はそう思う 31% (8)
あまりそう思わない 0% (0)
全くそう思わない 0% (0)
どちらとも言えない 0% (0)

今後、機会があれば、日本でさらに専門的な映画制作の教育を受けたいと思いますか。

強くそう思う 69%(18)
ある程度はそう思う 31%(8)
あまりそう思わない 0% (0)
全くそう思わない 0% (0)
どちらとも言えない 0% (0)

今回のマスタークラスについて、感想やご意見を自由にご記入下さい。

・このようなセミナーに興味がない生徒達もいますが、参加を義務付けることで彼らも新しいことに気付けると思います。
・言葉の障壁のため、授業の進み具合がスムーズでなかったため、より良い通訳が必要だと思います。それでもマスタークラスに参加したことで、色々なことを学べました。参考例として映像を再生したのは、生徒の注意を引き付けて良かったと思います。講師の方達はとてもフレンドリーで、話を聞いていて楽しかったです。
・通訳はわかりやすく理解しやすかったです。このマスタークラスでは、作品への取り組みを向上させてくれる、有益な情報を学ぶことができました。
・ぜひ又、開催してください。

まとめ

 シンガポールは、ASEAN諸国の中でも特に映画、アニメーション分野の教育レベルが高く、海外からの留学生も多い。大学での指導者は主に欧米系の外国人で、必然的に欧米型の教育プログラムが主流となっている。学生たちの映画に関する知識も豊富で、日本映画に関する一般的な内容のレクチャーでは十分に刺激を与えられないことが予想できた。

 こうした状況に対して、本事業の映画分野ではこれまであまり注目されてこなかった日本映画のポストプロダクション行程に光をあて、「編集」という専門性の高い領域に特化したマスタークラスを実施することにした。また、現地コーディネーターの協力を得て、事前に学生たちから講師への質問事項を挙げてもらい、学生側のニーズに応える内容にすることを試みた。これらのアプローチは、参加学生や現地側スタッフらの好意的な反応をみた限りでは、大きな成功を収めたと言えよう。

 今回の反省点としては、人数的な問題もあって実践的な演習を行うことが出来なかったことが挙げられる。機材的な問題はあるが、工夫次第では編集のエッセンスを理解してもらう演習課題を検討する余地はあるだろう。

 最後に本事業を成功させる上での最も重要なポイントを挙げるならば、それは現地での受け皿となる教育機関や企業等と信頼関係を結び、全面的な協力を得ることである。その点はシンガポールに限らずどの国でも共通する課題だと言える。