平成27年度ASEAN文化交流・協力事業(アニメーション・映画分野) | » Home

背景とねらい

海外の若者達が日本の文化に興味を持つきっかけとして、アニメ の視聴体験が挙げられることは少なくない。アニメとマンガを比較しても、海外ではまずアニメを入口として、後からその原作のマンガへと興味が広がる場合が多いという指摘もある 。 シンガポールにおけるアニメの受容状況を知る事例としては、2008年から開催されている『アニメ・フェスティバル・アジア(AFA)』というイベントがある。アジア諸国に日本発のポップカルチャーを届けることを目的とした民間主導のイベントだが、年々規模を拡大してインドネシアやマレーシア、タイなどでも開催されるようになっており、前回2014年度の入場者数は14万5千人にのぼるという。その実態は、物販、コスプレ、声優イベント、さらには日本のお笑い芸人によるパフォーマンスまで拡がっており、もはやアニメだけのイベントとはいい難いが、むしろそうしたメディアミックス的な拡張性こそが、日本のアニメの特徴だともいえよう。 こうした日本のアニメを中核としたポップカルチャーの「輸出」の流れは、今後も様々な形で模索が続くことが予想されるが、それらのターゲットはあくまでもファン層である。アニメのファン層の関わり方は、二次創作やファンサブなどに見られるように、ある種の生産行為も含むので、単なる消費者と位置づけることはできないが、いずれにせよこうした「輸出」の流れにおける主な目的は、消費者層の拡大にあるといえる。 これに対して、本事業は消費者としてのアニメファンではなく、将来的にアニメーションの主要な生産者となるような、名門美大でアニメーションを学ぶ若者たちを対象とするものである。もちろん彼らの多くは日本のアニメを好むファンとしての側面もあるが、最終的にはプロの制作者として活躍することを目指す若者たちである。 本事業では、彼らが既に持っている日本のアニメ作品に対する興味から一歩理解を深め、作品の作り手の事を知ってもらい、さらには日本のアニメーターが持っている技術の高さや、それを支える思想、わざを極めていこうとする情熱の強さを理解してもらうことを目指す。そうして参加者が将来プロの制作者になった時に、日本の制作者たちと共に仕事をしたいと強く思えるような原体験を提供したいと考えている。いわば本事業は、今後日本がアニメーション作品を作り続ける上での、未来のパートナーづくりの試みだともいえよう。

実施体制

日本側
講師 りょーちも(アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメーション監督)
ディレクター 竹内孝次(アニメーションプロデューサー)
布山タルト(東京藝術大学教授)
ディレクター補佐 名越裕子(フリーランス)
プロジェクトプロデューサー 岡本美津子(東京藝術大学教授)
プロジェクトマネージャー兼通訳 江口麻子(東京藝術大学助教)
企画・運営 東京藝術大学大学院映像研究科
全体統括 公益財団法人ユニジャパン
事業主任 前田健成(国際事業部情報発信グループ統括プロデューサー)
事業担当 本多麻由(国際支援グループ)
シンガポール側
現地コーディネーター 浦田秀穂(撮影監督/LASSALE College of the Arts/Lecturer)
参加校 LASALLE College of the Arts
現地協力者 Chris Shaw(LASALLE College of the Arts/Animation Program Leader)
Hillary Yeo(LASALLE College of the Arts/Lecturer)
Liew Hong Ze(CACANi/ビジネス開発マネージャー)

講師プロフィール

  • りょーちも (アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメーション監督)

実施概要

《事業名》

『アニメーションマスタークラス』

《日程》

平成27年11月28日(土)

《場所》

LASALLE College of the Arts 5F講義室

《プログラム》

10:00-11:30 :ワークショップ『表現するポーズを描く』 11:30-12:30 :作品上映『鉄腕バーディーDECODE』、『夜桜四重奏-ハナノウタ-』 12:30-13:30 :昼食 13:30-16:30 :講義『「伝える」ということとアニメーターの職能』 16:30-17:30 :質疑応答 18:00-19:00 :懇親会

《参加者》

受講生:LASSALE College of the Arts(Faculty of Media Arts)学生35名 オブザーバ−:CACANi社(本節1-4-4参照)の専属アニメーターら 3名

《使用言語》

日本語・英語(逐次通訳)

プログラム内容の詳細

《ワークショップ『表現するポーズを描く』》

アニメーション分野のマスタークラスでは、座学だけでなく体験的な要素を出来る限り取り入れることを考え、まず午前中は、参加者にアイスブレイクも兼ねたパントマイム体験と、身体性を意識したポーズを描いてもらうワークショップを行った。 まずはワークショップの冒頭、講師のりょーちも氏から日本のアニメの特殊性と現状の課題について話があった。日本のアニメが止め絵を多用し、「あまり動かさない」方向に進んだ結果、「動きを描くことが苦手」なアニメーターが増えてきた実情と、それに対して今後の日本のアニメは、動かし方をしっかり考えていくことが重要だという問題意識が示された。 こうした話の後、動きのイメージを持つトレーニングとして、パントマイムの体験ワークショップが行われた。りょーちも氏による巧みなパントマイムの実演を交えながら、参加者たちにも身体を動かして様々なパントマイムに取り組んでもらった。 実はこのパントマイムのフェーズは、その次に行われたポーズを描くワークショップへの導入となっている。アニメーションで動きを描く際に、実際にその動作をやってみることの重要性を、パントマイムを通じて理解してもらったのである。 ワークショップの課題は2つ。1つ目の課題は、石をひっぱる少女のポーズを2枚描くというもの。パントマイムの体験を活かしつつ、重さをイメージしてポーズを描けるかがポイントになる。 30分ほどで1つ目の課題を終えた後、次に示された2つ目の課題は、気持ちの良い昼下がりに芝生の上で寝ている少女のポーズを描くというもの。本当にリラックスしたポーズをイメージして描けるかがポイントになる。 いずれの課題も参加者たちは皆、真剣に集中して取り組んでおり、描いている途中に席を立って実際に身体を動かして動きのイメージを確認する様子も見られた。

《作品上映》

りょーちも氏が手がけたアニメーション作品を2本続けて上映した。 •『鉄腕バーディーDECODE(第1期)』TVシリーズ第1話 (作画監督・キャラクターデザイン:りょーちも/2008年) •『夜桜四重奏-ハナノウタ-』TVシリーズ第1話(監督・キャラクターデザイン:りょーちも /2013年)

《講義『「伝える」ということとアニメーターの職能』》

午前中の課題で参加者たちが描いた絵をコンピュータに取り込み、『KOMA KOMA』というソフトウェア上で一覧表示しながら、りょーちも氏がケーススタディ的な講義を行った。 画面上に映し出された多数の作例について、りょーちも氏がそれぞれの良さを認めた上で、それらを「伝わる表現」としてどのようにブラッシュアップできるかを、映像を投影したホワイトボード上に実際に絵を描いて修整しながら説明していった。こうした実演を通じて、アニメーターが何を大切にしてるか、どのようなこだわりをもっているかを理解してもらうことを狙った。 本事業のワークショップと講義は、いずれも日本のアニメ特有の表現を声高にアピールするのではなく、むしろ、表現することの根本はどこの国でも共通するものだというベーシックな理解を促す内容である。「観察すること」や「伝わる表現」を追求するという考え方の基本さえ理解すれば、技術はあとから向上するし、どの国でも通用する人材になりうるということを、学生たちにも理解してもらえたのではないだろうか。

《質疑応答》

質疑応答では、参加者からりょーちも氏に対する質問が絶え間なく活発に出た。 例えば「これまでの苦労や困難をいかに乗り越えてきたか」という質問に対して、りょーちも氏は自身のキャリアのはじまりが一般的なアニメーターとは異なり、Web上でスカウトされて活動をはじめたため、最初は苦労や失敗が多かったという。その時、拠り所にしたのが「自分はどう感じるか」ということだった。「自分で考えて、自分で表現する」という今回の課題でやったことの根本には、そうした経験があったのだと明かされた。 さらに周囲から「おまえのやり方は間違っている」と言われた時、自分の考えを相手に納得してもらうためには、「どうしたら伝わるのか」ということを追求しなくてはならない。それが今回の課題の2つめのポイントである「伝わる表現」の重視であると説明された。こうしたりょーちも氏自身の体験に基づく話に、参加者たちは熱心に耳を傾けていた。 また、日本のアニメーションの制作工程に関する質問に対しては、ワークフローの図を描きながら、2Dから3Dまで幅広い現場経験を持っているりょーちも氏ならではの、具体的な説明がなされた。しかも単なる解説にとどまらず、日本のアニメ業界の現状は、優れた少数の作画監督たちによって日本のアニメのクオリティが保たれていること、その下でなかなか若手が育っていない状況など、クリティカルな視点も語られ、それを海外経験も豊富なプロデューサーの立場から竹内氏が補う形で、多角的な説明がなされた。 さらに日本のアニメーターやディレクターの給料や労働時間についての質問や、男女間で待遇の違いはあるのかといった質問もあり、学生たちが日本のアニメ業界で働くことに興味を抱いていることが伺えた。りょーちも氏から示されたリアルな数字に参加者たちは驚いた様子もあったが、ここでもプロデューサー側の竹内氏から、なぜアニメーターの給料が最初は安いのか、そして社員雇用とフリーランスの違いなどの説明が補われた。また、ビザの問題など外国人が日本のスタジオで働く上での課題があることも言及された。 一つ一つの質問に対して、りょーちも氏からの詳細な回答がなされ、さらに現状の日本のアニメ業界の問題点や、今後デジタルツールの活用によってその問題をいかに解決すべきかに至るまで雄弁に語られたので、質疑応答というよりは、むしろ講義に近い充実した内容となった。さらに上述の通り、りょーちも氏だけでなく、プロデューサーの竹内氏が異なる視点から説明に加わったため、偏りなく多角的に日本のアニメの実態が浮かび上がり、学生たちも非常に熱心に聞き入っており、講師らの発言に対してしばしば大きな拍手が自然とでていた。

《懇親会》

マスタークラス終了後、学内のラウンジで映画分野と合同の懇親会が行われ、参加者と講師らが和やかに交流を深めた。

《今回のワークショップは、面白かったですか?》

非常に面白かった 53% (20) ある程度は面白かった 45% (17) あまり面白くなかった 2% (1) 全く面白くなかった 0% (0) どちらともいえない 0% (0)

《今回のワークショップで学んだことは、今後、あなたの制作の役に立つと思いますか?》

非常に役に立つ 34% (13) ある程度は役に立つ 58% (22) あまり役に立たない 3% (1) 全く役に立たない 0% (0) どちらともいえない 0% (0) 無回答 5% (2)

《今回のマスタークラスであなたはどのようなことを学びましたか?》

キャラクターを通して自分の感情をどのように表現するか、キャラクターと周りの物とのつながりやバランス(例:体の大きさ、ポーズ、身振り) 日本でのアニメ業界はとても競争が激しいこと、アニメはお金ではなく表現と情熱で出来ていること アニメの動きをつける際に、身振りで表現してみることがどれくらい大事なことか ポートフォリオの見せ方、日本で働くために必要なこと、アニメの背景

《今回のマスタークラスを通じて、日本のアニメに対する理解・関心が高まったと思いますか。》

強くそう思う 48% (18) ある程度はそう思う 42% (16) あまりそう思わない 5% (2) 全くそう思わない 0% (0) どちらとも言えない 0% (0) 無回答 5% (2)

《今後、また同様のマスタークラスがあれば、参加してみたいと思いますか。》

強くそう思う 68% (26) ある程度はそう思う 24% (9) あまりそう思わない 0% (0) 全くそう思わない 0% (0) どちらとも言えない 3% (1) 無回答 5% (2)

《今後、機会があれば、日本でさらに専門的なアニメの教育を受けたいと思いますか。》

強くそう思う 53% (20) ある程度はそう思う 24% (9) あまりそう思わない 10% (4) 全くそう思わない 0% (0) どちらとも言えない 8% (3) 無回答 5% (2)

《今回のマスタークラスについて、感想やご意見を自由にご記入下さい。》

・大変役に立つクラスでした。スタッフの方達は生徒の意見や質問に対し、非常にオープンに接してくれました。とても良かったです! ・参加者の作品にアドバイスをくれる時に、技術的な説明をしてくれるともっと良かったと思います。正解や間違いがないとしても、作品をより良くする意見をくれると嬉しいです。日本のアニメーターの方達の働き方を見ることができて、興味深かったです。 ・今回のクラスはとても興味深く、日本のアニメやアニメ業界全体に関して自分が気になっていたことを、すべて解決してくれました。

まとめ

シンガポールは、ASEAN諸国の中でも特に映画、アニメーション分野の教育レベルが高く、海外からの留学生も多い。大学での指導者は主に欧米系の外国人で、必然的に欧米型の教育プログラムが主流となっている。学生たちの日本のアニメに関する知識も豊富なので、一般的な内容のレクチャーでは十分に刺激を与えられないことが予想できた。 こうした状況に対して、本事業のアニメーション分野では、あえて日本のアニメの特殊性をアピールする内容ではなく、学生たちが学んでいる欧米型のアニメーションと日本のアニメとに共通する、基本的なアニメーション表現の考え方を理解してもらう内容にした。共通点を理解した上で違いを理解してもらうことを試みたのである。更にそれを言葉で説明するのではなく、絵を描く体験を通じて理解してもらうワークショップを盛り込んだ。 こうした基礎的かつ実践的なアプローチは、参加学生や現地側スタッフらの好意的な反応をみた限りでは、大きな成功を収めたと言えよう。また、これは結果論だが、今回の講師(りょーちも氏)とディレクター(竹内氏)が、それぞれ監督とプロデューサーだったので、学生の質問に対して双方の立場から異なる回答がなされ、日本のアニメに対する多角的な理解を促す上で非常に有効であった。 一方、今回の反省点としては、ワークショップの課題講評のやり方が必ずしもスムースではなかったので、その方法についてはより良い方法を工夫していく必要があるだろう。 最後に本事業を成功させる上での最も重要なポイントを挙げるならば、それは現地での受け皿となる教育機関や企業等と信頼関係を結び、全面的な協力を得ることである。その点はシンガポールに限らずどの国でも共通する課題だと言える。