背景とねらい
近年の急激なデジタル技術の発展は、世界の映画制作に大きな変革をもたらした。フィルムでのみ行われていた映画撮影はデジタル撮影へと移行し、それに伴って現場では従来とは異なる映画制作知識や技術が要求されるようになってきている。テクノロジーの進歩はデジタルメディアによる長時間撮影、4Kなどの高画質撮影を可能にしただけでなく、撮影カメラの小型化による機動性の飛躍的向上、MoViやドローンなどの撮影アクセサリーの高性能化を実現した。デジタル技術普及により、映像表現の多様性も大きく広がっている。
近年の日本映画は、国際映画祭でのノミネートや受賞作品の本数からいえば世界的に一定の評価がされていると言える。黒澤明や溝口健二、小津安二郎などの監督が世界的に活躍した、映画黄金期といわれるスタジオ制作時代に培われた映画表現技術を継承しながら、デジタル大国として先進的なデジタル技術を積極的に映像制作に取り入れてきた。そのフィルム制作からデジタル制作への過渡期に、国立大学で初の本格的な映画教育・研究を行う拠点として平成16年に設置されたのが、東京藝術大学大学院映像研究科である。
こうした背景の元、本事業は同研究科の映画専攻が10年間かけて開発してきた教育メソッドを用いて、日本映画の撮影表現技術をマレーシアの若手映像作家たちに体験的に理解してもらうことを目指す。具体的には、現地の私立大学Multimedia Universityの映画学部(Faculty of Cinematic Arts)で学ぶ学生等を対象に、マスタークラスとワークショップを行うことで、彼らの創造性を刺激し、マレーシアの映像文化の更なる発展を促すことをねらいとして、「日本の撮影表現技術とアジア若手映像作家の感性の融合」を事業テーマに掲げた。
本プログラムの開催国であるマレーシアは、世界的な映画制作の水準から見るとまだ発展途上であり、一部の監督を除けば世界的認知度もまだ低い。しかし、マレーシア政府が主導しているジョホール地区の大規模な都市開発計画である『イスカンダル計画』の一部として、エンターテイメント業界が参入したことで、状況が変わりつつある。アジア最大規模を誇るPinewood Iskandar Malaysia Studios(以下、PIMS)の建設や、国際共同制作における助成金の優遇措置など、マレーシアは映画分野において今後注目すべき存在となりうる。また、言語的にもマレー語、英語、中国語という幅広い言語が国内で使用されており、世界マーケットを視野に入れた場合でも言語の壁が低く、多大な可能性を持っていることがわかる。
しかしながらマレーシア国内での映像文化・映画産業を支える人材育成という観点ではまだ未知数な面もある。今回の参加校であるMultimedeia Universityは、1994年にその前身(Institute of Telecommunication and Information Technology)が設立されて1996年に大学化されて以来、マレーシア政府が推進するクリエイティブ産業振興政策における人材育成拠点の一つとなっている。2013年にジョホール地区に新設されたFaculty of Cinematic Artsは、映画教育において長い歴史を有する米University of Southern Californiaとも連携して実践的な教育を行っており、今後のマレーシアにおける映画分野の発展の鍵を握っている。
さらにマレーシアと日本の民間レベルでの連携も始まっている。日本の映像ポストプロダクション大手のIMAGICAがPIMSに進出し、現地法人Imagica South East Asiaを設立した。同社は現地での人材育成にも積極的であり、今回の事業では彼らとパートナーシップを組むことで、PIMSにおけるワークショップ開催が実現できることになった。
こうした状況を追い風として、本事業では、大規模な撮影スタジオと最新のポストプロダクション施設が整った最高の環境の中で、マレーシアの若者達に日本映画文化への理解を深めてもらい、日本を代表する撮影監督の技術と思考、そして映画制作に対する情熱を直接、体験してもらうマスタークラスとワークショップを実施した。
実施体制
日本側 | |
---|---|
講師 | 柳島克己(撮影監督/東京藝術大学教授) |
講師補佐 | 森﨑真実(撮影助手) |
池田啓介(照明助手) | |
ディレクター | 横山昌吾(東京藝術大学特任助教) |
ディレクター補佐 | 名越裕子(フリーランス) |
ディレクター補佐兼通訳 | 田中直毅(東京藝術大学助手) |
プロジェクトプロデューサー | 岡本美津子(東京藝術大学教授) |
プロジェクトマネージャー | 江口麻子(東京藝術大学特任助教) |
企画・運営 | 東京藝術大学大学院映像研究科 |
全体統括 | 公益財団法人ユニジャパン |
事業主任 | 前田健成(国際事業部情報発信グループ統括プロデューサー) |
事業担当 | 本多麻由(国際支援グループ) |
マレーシア側 | |
---|---|
現地コーディネーター | magica South East Asia(担当:日下健) |
参加教育機関 | Multimedia University(マレーシア) |
LASSALE College of the Arts(シンガポール) | |
現地協力 | Pinewood Iskandar Malaysia Studios(PIMS) |
Red Circle Projects | |
Iskandar Malaysia Creative Industry Talent Development Program | |
Malaysian Society of Cinematographers |
講師プロフィール
-
柳島克己 (撮影監督/東京藝術大学教授)
実施概要
《事業名》
『撮影照明ワークショップ』
《日程》
平成27年11月25日(水)撮影照明のマスタークラス
平成27年11月26日(木)撮影照明およびグレーディングのワークショップ
《場所》
Pinewood Iskandar Malaysia Studios(PIMS)
– Powell Theater(撮影照明のマスタークラス、グレーディングのワークショップ)
– TV Studio01(撮影照明のワークショップ)
《プログラム》
11月25日 撮影照明のマスタークラス
10:00-12:00 作品上映『ライク・サムワン・イン・ラブ』(監督:アッバス・キアロスタミ/撮影監督:柳島克己/2012年/109分)
12:00-13:00 昼食
13:00-15:30 撮影照明の講義
15:30-15:45 休憩
15:45-17:45 パネルディスカッション
11月26日 撮影照明とグレーディングのワークショップ
10:00-12:00 撮影照明のワークショップ
12:00-13:00 昼食
13:00-16:00 撮影照明のワークショップ
16:00-16:30 休憩
16:30-18:00 グレーディングのワークショップ/質疑応答
《参加者》
受講生:32名
受講生の所属:
Multimedia University(Faculty of Cinematic Arts)24名
LASSALE College of the Arts(Faculty of Media Arts)8名
オブザーバ−:
Malaysian Society of Cinematographers 14名
※オブザーバ−として参加したのは、マレーシアの映画業界で働くプロフェッショナルである。
1日目は、PIMS内のPowell Theaterという試写用のシアターで、撮影照明のマスタークラスを行った。全体を三つのパートに分け、それぞれ①作品上映、②撮影照明の講義、③パネルディスカッションの順に実施した。
①作品上映(2時間)
冒頭、ディレクター等からの挨拶の後、講師の柳島氏が撮影を担当したアッバス・キアロスタミ監督作品『ライク・サムワン・イン・ラブ』を上映した。この作品は、第65回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されるなど、世界的にも評価の高い作品である。柳島氏の撮影技術が最大限に発揮されているだけでなく、今回の撮影照明ワークショップの美術セットの協力者である磯見俊裕(美術監督/東京藝術大学大学院・映像研究科映画専攻美術領域教授)が美術監督を務め、さらに本プロジェクトのディレクターである横山昌吾が記録・編集助手として参加していることから、参加者の幅広い質問にも対応できる作品として選定した。
②撮影照明の講義(2時間半)
上映に続いて、柳島氏による撮影照明の講義が行われた。『ライク・サムワン・イン・ラブ』の撮影技術や撮影の裏話、さらに柳島氏が多数の作品を担当している北野武監督作品の撮影現場でのスティル写真を見せながら、北野監督の撮影の特徴、現場でのやりとりなど、柳島氏の現場経験にもとづく話が多数紹介された。また、柳島氏が撮影を行う際に気をつけていることや、撮影哲学、フィルムからデジタル撮影に変わったことでどのような変化があり、どのようにその変化に対応してきたかなど、自身の撮影監督としてのあり方について講義を行った。
③パネルディスカッション(1時間)
撮影照明マスタークラスの最後は、Malaysian Society of Cinematographersの会員2名(Mohd Filus Ghaali氏とFendi Shareef Ang氏)と柳島氏による鼎談を行った。鼎談の内容は、日本とマレーシアの撮影システムの違い、映画制作における撮影監督のポジション、プリプロダクションと撮影現場、ポストプロダクションでの関わり方といった撮影監督のあり方から、グレーディングに対する柳島氏の考えや照明に関する考え、レンズ選択、日本でのデジタル撮影現場の様子など、撮影監督同士だからこそ話し合える技術的な話題が尽きず、大変興味深い内容となった。
2日目は、実習を中心としたワークショップを行った。全体を大きく二つのパートに分け、それぞれ①撮影照明のワークショップ、②グレーディングのワークショップの順に実施した。
①撮影照明のワークショップ(5時間)
撮影照明のワークショップは、PIMS内のTV番組収録用のスタジオで行われた。撮影の様子を見下ろすことの出来る観客席が設けられた大型スタジオである。ワークショップは以下のような流れで行われた。
まず、運営側で事前に2シーン分の脚本と演出(セットでの役者の動き)を決めておき、受講生にもその内容が最初に伝えられた。演出プランについては、今回のワークショップが撮影照明主体であることからなるべく簡単にし、役者の動きも限定したものにした。また照明の演出については、暗いところから明るいところへの変化、影を使った演出、昼、夕、夜の照明設計の違いが出るような内容にした。
こうした脚本、演出プランに沿って、柳島氏が実際のセットの中でカメラポジションやアングル、レンズをどのように選択するかを、受講生に説明しながら撮影を行っていった。カメラアングルに関しては、役者の表情がわかりやすいバストショットや室内全体の場面がわかるフルショットなどの基本的なカメラサイズのバリエーションを用い、さらにドリーなどの特機 による撮影も行われ、参加者がより多くの映像表現に触れられるような配慮がなされた。さらに、同一の演技を昼と夜の両方のライティングで撮影し、どのような違いが見えてくるか、実際の映像を確認しながら理解してもらうことも試みられた。
今回の参加者は撮影照明の理解度に個人差があったので、説明に際しては基本的な事柄をおさえた上で、適宜、技術的に一歩踏み込んだ説明が加えられた。また、講師だけでなく撮影助手や照明助手からも、積極的に自分達の作業内容について説明してもらうようにした。
すべての撮影工程は講師の間近で直接見ることが出来るだけでなく、外部モニターを2台用意することで、参加者が実際のセットと撮影後の映像を両方同時に見られる環境を整えた。
また、受講生がただ撮影風景を傍観するだけにならないように、柳島氏に直接質問できる機会を定期的に設けた。さらにワークショップ後半には、参加者が実際にカメラを操作する時間も設け、柳島氏、撮影照明助手、そしてマレーシアのプロの撮影監督の方々と一緒にカメラ機材に触れ合う場となった。
②グレーディングのワークショップ(1時間半)
撮影照明のワークショップに続き、会場をPIMS内のPowell Theaterに移して、グレーディング のワークショップが行われた。
グレーディング作業は、Imagica South East Asiaの専属グレーダーであるAndreas Brueckl氏と柳島氏とで行われた。ここでは、柳島氏が通常どのようにグレーディングを行っているのかという基本的な方法論から、グレーディングの利点と弊害について、実際に撮影した素材を使用しながら解説を行った。
また、より深くグレーディングの工程を参加者に理解してもらうために、グレーディング後には、柳島氏、Brueckl氏、そしてImagica South East Asiaの日下氏による鼎談を行った。ここでは、柳島氏のポストプロダクションに関する考え方や、日本とマレーシアでのポストプロダクションの考え方やワークフローの違い、グレーダーと撮影監督がどのようなやりとりをしながら作業を進めるかなど、ポストプロダクション当事者でなければ知り得ない内容が語られ、大変興味深いものとなった。
2部の後半では、参加者からの質疑応答の時間を設けた。学生だけでなくオブザーバーからも積極的に質問があり、その内容は撮影技術に関することや、撮影での人間関係、ポストプロダクションでの疑問など多岐にわたり、参加者の熱意もあって予定時間をオーバーしてマスタークラスを終了することになった。
マレーシアは、ASEAN諸国の中で最も活発に国家戦略として映画、アニメーション分野の産業振興に取り組んでいる国である。その映画分野における拠点となるのが、大規模な都市計画の進むジョホール地区であり、PIMSのような大規模な映画撮影スタジオ誘致や、映画産業の担い手を育成するMMUのような教育機関が設立されている。しかしこれらの取り組みはまだはじまって日が浅く、十分な成果を生み出すには至っていない。
こうした状況に対して、本事業の映画分野では日本国内において培われた教育メソッドを用いて実践的かつ高度な内容のワークショップを実施することを試みた。具体的には東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻で行われている教育手法を用い、撮影照明に特化した教育プログラムを実施した。また講師としては、世界的に著名な撮影監督である柳島氏を派遣し、独自の撮影哲学を伝えるマスタークラスも同時に行うこととした。
これらのアプローチは、参加学生や現地側スタッフ、さらにオブザーバ-として参加した現地のプロの撮影監督たちからの好意的な反応をみた限りでは、大きな成功を収めたと言えよう。
今回の反省点としては、ワークショップの実施時間が短く、かつ参加人数が多かったことから、必ずしも参加者全員が能動的に撮影プロセスに参加できる状況をつくれなかったことが挙げられる。ワークショップの進め方や実施時間についてはまだ検討の余地があるだろう。
最後に本事業を成功させる上での最も重要なポイントを挙げるならば、それは現地の受け皿となる教育機関や企業等と信頼関係を結び、全面的な協力を得ることである。その点はマレーシアに限らずどの国でも共通する課題だと言える。
プログラム内容の詳細
非常に面白かった 72%(23)
ある程度は面白かった 25% (8)
あまり面白くなかった 3% (1)
全く面白くなかった 0%(0)
どちらとも言えない 0%(0)
非常に役に立つ 75%(24)
ある程度は役に立つ 25%(8)
あまり役に立たない 0%(0)
全く役に立たない 0%(0)
どちらとも言えない 0%(0)
強くそう思う 87%(28)
ある程度はそう思う 13%(4)
あまりそう思わない0%(0)
全くそう思わない 0%(0)
どちらとも言えない 0%(0)
・居住スペースを借りるのではなく、スタジオに撮影現場を作り上げていたこと。シーンに合わせた照明調整の方法を、沢山学ぶことができました。
・素早く照明を設置できる照明技師の技術がすごいと思いました。
・見る者を“信じさせる”本物のような朝、夕方、夜の環境を映画に生み出したこと。太陽の光線があまりにも本物のようで驚きました。
・生徒がワークショップで実際に体験したり、近くでプロの仕事の様子を見たり質問をする機会が与えられたことに驚きました。以前参加したクラスは、ただ見ているだけだったので。
・すべての決断はアイディアから生まれるということ。
・初めに全体にライトを当てて細かい箇所をそれに合わせて調整すること。撮影をきちんと行えばカラーグレーディングがスムーズに行われるということ。
・被写体へのライトはライトメーターを使って確認すること。屋内での照明は屋外での照明に比べると簡単なので、先に屋内で試した方がいいこと。
強くそう思う 47%(15)
ある程度はそう思う 41%(13)
あまりそう思わない 9%(3)
全くそう思わない0%(0)
どちらとも言えない 3%(1)
強くそう思う 84%(27)
ある程度はそう思う 13%(4)
あまりそう思わない 3%(1)
全くそう思わない0%(0)
どちらとも言えない 0%(0)
・フレンドリーなスタッフ達が新しいことを学ぶのを助けてくれました。すぐ本番に対応できる俳優を用意した方が良いと思います。現場スタッフの方達のやりとりを聞きたかったので、もう少し通訳がいてくれると良かったです。
・カラーグレーディングは映画の見た目に影響するので、そのワークショップの時間がもっと欲しかった。アクション映画での柳島さんの撮影方法や作品を見たいです。
・このワークショップは全体的にとても良くできていたと思います。日本の映画業界や日本での働き方、映画に対する考え方について、私の視野を広げてくれました。柳島さんの講義に参加できたのは素晴らしい経験で、彼の映画に対する哲学には頭が上がりません。「ライク・サムワン・イン・ラブ」の上映はとても楽しかったです。又このような機会が実現し、もっと色々なことを学べたら良いと思います。最高のワークショップでした!
アンケート結果
- 今回の撮影照明ワークショップは面白かったですか?
-
マレーシアは、ASEAN諸国の中で最も活発に国家戦略として映画、アニメーション分野の産業振興に取り組んでいる国である。その映画分野における拠点となるのが、大規模な都市計画の進むジョホール地区であり、PIMSのような大規模な映画撮影スタジオ誘致や、映画産業の担い手を育成するMMUのような教育機関が設立されている。しかしこれらの取り組みはまだはじまって日が浅く、十分な成果を生み出すには至っていない。
こうした状況に対して、本事業の映画分野では日本国内において培われた教育メソッドを用いて実践的かつ高度な内容のワークショップを実施することを試みた。具体的には東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻で行われている教育手法を用い、撮影照明に特化した教育プログラムを実施した。また講師としては、世界的に著名な撮影監督である柳島氏を派遣し、独自の撮影哲学を伝えるマスタークラスも同時に行うこととした。
これらのアプローチは、参加学生や現地側スタッフ、さらにオブザーバ-として参加した現地のプロの撮影監督たちからの好意的な反応をみた限りでは、大きな成功を収めたと言えよう。
今回の反省点としては、ワークショップの実施時間が短く、かつ参加人数が多かったことから、必ずしも参加者全員が能動的に撮影プロセスに参加できる状況をつくれなかったことが挙げられる。ワークショップの進め方や実施時間についてはまだ検討の余地があるだろう。
最後に本事業を成功させる上での最も重要なポイントを挙げるならば、それは現地の受け皿となる教育機関や企業等と信頼関係を結び、全面的な協力を得ることである。その点はマレーシアに限らずどの国でも共通する課題だと言える。
- 撮影照明ワークショップで学んだことは、今後、あなたの制作の役に立つと思いますか。
非常に役に立つ 75%(24)
ある程度は役に立つ 25%(8)
あまり役に立たない 0%(0)
全く役に立たない 0%(0)
どちらとも言えない 0%(0)- 今後、また同様のワークショップがあれば、参加してみたいと思いますか。
-
マレーシアは、ASEAN諸国の中で最も活発に国家戦略として映画、アニメーション分野の産業振興に取り組んでいる国である。その映画分野における拠点となるのが、大規模な都市計画の進むジョホール地区であり、PIMSのような大規模な映画撮影スタジオ誘致や、映画産業の担い手を育成するMMUのような教育機関が設立されている。しかしこれらの取り組みはまだはじまって日が浅く、十分な成果を生み出すには至っていない。
こうした状況に対して、本事業の映画分野では日本国内において培われた教育メソッドを用いて実践的かつ高度な内容のワークショップを実施することを試みた。具体的には東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻で行われている教育手法を用い、撮影照明に特化した教育プログラムを実施した。また講師としては、世界的に著名な撮影監督である柳島氏を派遣し、独自の撮影哲学を伝えるマスタークラスも同時に行うこととした。
これらのアプローチは、参加学生や現地側スタッフ、さらにオブザーバ-として参加した現地のプロの撮影監督たちからの好意的な反応をみた限りでは、大きな成功を収めたと言えよう。
今回の反省点としては、ワークショップの実施時間が短く、かつ参加人数が多かったことから、必ずしも参加者全員が能動的に撮影プロセスに参加できる状況をつくれなかったことが挙げられる。ワークショップの進め方や実施時間についてはまだ検討の余地があるだろう。
最後に本事業を成功させる上での最も重要なポイントを挙げるならば、それは現地の受け皿となる教育機関や企業等と信頼関係を結び、全面的な協力を得ることである。その点はマレーシアに限らずどの国でも共通する課題だと言える。
- 撮影照明ワークショップの内容で、印象に残っていることは何ですか?
・居住スペースを借りるのではなく、スタジオに撮影現場を作り上げていたこと。シーンに合わせた照明調整の方法を、沢山学ぶことができました。
・素早く照明を設置できる照明技師の技術がすごいと思いました。
・見る者を“信じさせる”本物のような朝、夕方、夜の環境を映画に生み出したこと。太陽の光線があまりにも本物のようで驚きました。
・生徒がワークショップで実際に体験したり、近くでプロの仕事の様子を見たり質問をする機会が与えられたことに驚きました。以前参加したクラスは、ただ見ているだけだったので。- 撮影照明ワークショップであなたはどのようなことを学びましたか?具体的に学んだことをご記入ください。
・すべての決断はアイディアから生まれるということ。
・初めに全体にライトを当てて細かい箇所をそれに合わせて調整すること。撮影をきちんと行えばカラーグレーディングがスムーズに行われるということ。
・被写体へのライトはライトメーターを使って確認すること。屋内での照明は屋外での照明に比べると簡単なので、先に屋内で試した方がいいこと。- 今回の2日間のワークショップを通じて、日本映画に対する理解・関心が高まったと思いますか。
強くそう思う 47%(15)
ある程度はそう思う 41%(13)
あまりそう思わない 9%(3)
全くそう思わない0%(0)
どちらとも言えない 3%(1)- 今後、機会があれば、日本でさらに専門的な映画の教育訓練を受けたいと思いますか。
強くそう思う 84%(27)
ある程度はそう思う 13%(4)
あまりそう思わない 3%(1)
全くそう思わない0%(0)
どちらとも言えない 0%(0)- 2日間のワークショップ全体について、感想やご意見を自由にご記入ください。
・フレンドリーなスタッフ達が新しいことを学ぶのを助けてくれました。すぐ本番に対応できる俳優を用意した方が良いと思います。現場スタッフの方達のやりとりを聞きたかったので、もう少し通訳がいてくれると良かったです。
・カラーグレーディングは映画の見た目に影響するので、そのワークショップの時間がもっと欲しかった。アクション映画での柳島さんの撮影方法や作品を見たいです。
・このワークショップは全体的にとても良くできていたと思います。日本の映画業界や日本での働き方、映画に対する考え方について、私の視野を広げてくれました。柳島さんの講義に参加できたのは素晴らしい経験で、彼の映画に対する哲学には頭が上がりません。「ライク・サムワン・イン・ラブ」の上映はとても楽しかったです。又このような機会が実現し、もっと色々なことを学べたら良いと思います。最高のワークショップでした!