第1回 文化と場所の融合~マチ★アソビの場合

講師:近藤光(株式会社ufotable 代表取締役社長)

2013年1月18日(金)19:00〜20:30

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毎年2回、春と秋に徳島市で開催されるアニメイベント「マチ★アソビ」[1]。作品上映や、地元の商店街や町並みを使った様々なアニメーション関連イベントが展開され、徳島市の人々のみならず、全国各地から多くの人々が参加します。その数は年々増え、2012年9月22日〜10月8日に開催されたものは、50,000人を超える参加者となりました。「アニメ」が「文化」として後世まで引き継がれていくためには、映画におけるハリウッドのように、その拠点となる「場所」は切り離せないものであり、場所を通じて人々の生活や意識に深く根付いて発展していくのではないでしょうか。近藤氏主催の「マチ★アソビ」はまさに、アニメーションの「文化」を「場所」と融合していこうとする試みなのではないでしょうか。


近藤 光(こんどう ひかる)

株式会社ufotable代表取締役、プロデューサー。 2000年にufotableを設立。プロデューサーとして、劇場版「空の境界」全7部作、「フタコイ オルタナティブ」「まなびストレート」「テイルズ オブ シンフォニア」等を制作。最新作は4年ぶりのテレビシリーズとなる「Fate/Zero」。劇場版「空の境界」終章、「ブラック★ロックシューター THE GAME」では監督を勤めた。ファンとの交流をも目的に、高円寺スタジオ1階に「ufotable café」1号店をオープン。続いて徳島スタジオの2階に2号店、新宿に「ufotable dining」、そして2012年3月に制作プロダクションとして日本初となる「ufotable CINEMA」を開店させた。


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岡本:『空の境界』『Fate/Zero』などの制作プロダクション、ufotable(ユーフォーテーブル有限会社)の代表としての近藤光さんをご存知の方も多いと思いますが、先日、ご実家でもある徳島に映画館をつくったとお聞きしてびっくりしました。アニメーション制作者でありながら、いろんな展開をしている近藤さんですが、まずはご自身からufotableについてご紹介してくださいますか?

近藤:2000年に会社を登記して13年目になります。活動自体は1998年頃に仲間や知り合いに集まってもらってスタートしました。友人の住む北池袋の古いマンションの四畳半部分だけ間借りて、作業机を2台持ち込んだのがufotableの始まりです。

岡本:現在はオフィスが東京と徳島にありますが、どのような構成になっているんでしょうか?

近藤:東京のスタジオはアニメの全セクターがあります。演出から始まって、原画、動画、仕上げ。そして撮影、3D、背景、編集とあります。漫画班やクレイアニメをつくるスタッフまでいます。例えば「ブラック★ロックシューター THE GAME」のオープニングは絵コンテから原画や背景、3D、それこそ動画や最後の仕上げまですべての作業を社内でおこないました。徳島は作画スタジオで、未来に向けて、絵描きの育成の場として考えています。生え抜きで成長株の何人かも東京から徳島に移動して頑張ってくれています。彼らをメインとした作品も動いています。

◆徳島にスタジオをつくる

岡本:京都アニメーションをはじめ、プロダクションさんがやっと地域に根づき始めましたね?

近藤:たまたまそういう時期が重なっただけではないでしょうか。一般的に、地方でアニメスタジオがうまくいくイメージがつきつつあるようですが、やっぱり地方でアニメスタジオをやっていくことは難しいと思います。検証するのであれば、「地方」という要因を消した上でその課題に取り組んだ方が答えは見えやすいように思います。
僕は自分の出身地である徳島にスタジオをつくるつもりは、あまりなかったんです。徳島ありきではなく、環境を変えることが目的でした。作品は「人」がつくっています。その「人」が観るものを変えたい。アニメスタジオの大半は東京の西に集中しているから。もし、沖縄にオーシャンビューのスタジオをつくって、毎日、海を見ながら仕事をすれば、快活なアニメができるんじゃないかと。そんな風に考えて、沖縄が一番の候補地でした。でも、どうしても郵送面で難しかった。デジタル環境が整えば場所はどこでも、と思われがちですが、作業の大半は紙を使って作業となります。

岡本:では、徳島スタジオはどういうきっかけで始まったんですか?

近藤:沖縄がダメだとわかって、なんか思いついたように徳島県のホームページをみたんです。それで、企業誘致課に電話をするだけ電話してみました。行政ってフットワークがよくないイメージだったんだけど、担当の方がすっとんできてくれたんですね。それで色んな説明をしてくれて、僕がとりあえず徳島に1回足を運ぶだけの目的を作った。この20年近く一年中休みがほとんどないという状況で仕事を続けてきたため、実家とはいえ徳島には冠婚葬祭ぐらいしか帰れてなかったんです。だから、徳島がどういう状況なのか、スタジオをつくるまで知らなかった。ただ、その徳島の様子を見るときに色んな人達と出会ったのが大きかった。結果、マチアソビを始めるときのメンバーも、阿波踊りのポスターを一緒にやった方もこの時すでに出会ってるんです。大事なのは場所ではなく「人」だから、やれるな、という感触があって、徳島にスタジオをつくろうと決めました。

◆「マチ★アソビ」がはじまる

岡本:本題に入りますが、ufotableがプロデュースしているイベント、「マチ★アソビ」[1]は、徳島市の地域復興としても注目されていますが、どんな経緯で始まったのですか?

近藤:ここまで来るにはいろいろと過程がありまして、最初は行政とのコミュニケーションも大変でした。スタジオを作る前に色んな方とお会いしたことは先ほど話ししましたが、色んなところに行ったんです。人から人につながって、紹介されたり、連れてってくれたり、たぶん100人くらいは会ったんじゃないかな。徳島市役所も訪問することになって、その時、阿波踊りのポスターが貼ってあって、アニメでつくったら?、みたいな話しをその時したんです。それを覚えていてくれた方が、徳島市役所を退職されて、翌年、徳島市観光協会へ移られたんです。それで「阿波おどり」のポスターをufotableでつくろう、という話にトントン拍子に進みました。とはいえ、いま思えばですが、これをアニメでやるということは大変な決断だったと思います。

岡本:これまでのポスターは実写ばかりですから、冒険ですよね。「阿波おどり」は徳島の伝統ですし、これまでの歴史もあります。

近藤:そう、歴史です。だから色んな意見もあったと思うんです。でも、彼はアニメについてはわからないから、すべて任せると僕に言ってくれたんです。出来そうで出来ないことですよね。ただ観光協会から修正してほしいと言われたところがありました。それが何かというと、徳島にある眉山の鉄塔の位置と阿波おどりの傘のかぶり具合をきちんと実物に合わせてほしいというオーダーです。アニメの絵がいいとか悪いとかじゃなくて、彼らが一番大事に思っている徳島の自然や文化についての絵の間違いをきちんと指摘してきたんです。僕はそれに感心して、指摘された部分の修正には誠実に対応しました。

岡本:完成したポスターは全国的に話題になって……。

近藤:その流れで、協会が毎年やっている「眉山山頂秋フェスタ」という祭りに「アニメで何かやれない? 」と相談されるんですが、ufotableが徳島に来る前からイベントについては色んなところから「やれないか?」という声は大きかった。それだけが理由ではないのですが、プランはしていました。そこに、具体的に声がかかって、じゃあ「一緒にやりましょう」と、「マチ★アソビ」がはじまるわけです。

岡本:プランはどんな感じだったのですか?

近藤:もっと小規模なものを考えてました。徳島という地でスタジオをつくったわけですから、根を貼って地道に積み上げるようなものです。それが、徳島市観光協会とコラボするというところでいっきにハードルが上がった。



◆アニメで街興こしをする

岡本:プロダクションの仕事もあるし、観光協会とのコラボレーションで地方都市の活性化に関わることは、相当の覚悟が必要だったと思います。眉山というのは徳島駅の近くで、観光地としては有名なところですね?

近藤:はい。でも僕も含めて住民は地元の観光地って「近くて遠い」じゃないですが、実はあまり行かなかったりしますよね。僕も遠足以外で行った記憶がなかった。それで、眉山から徳島の東新町周辺をあらためて観察することからスタートしました。あらためて、県庁所在地の徳島駅から歩いて10分のところからロープウェイが出ていて、眉山の山頂に登れる環境は他にないぞ、とか、山頂ならどれだけ音を出しても怒られないぞ、とか(笑)。それで、次は具体的に何をするか、ですよね。ここでしかできないもの、かつユーザーが喜んでもらえるもの、です。それで考え出したひとつが、ロープウェイのアナウンスを声優さんにやってもらうこと。VOL.1はの坂本真綾さんにやってもらいました。眉山山頂にD1と言われる最高機材を持ち込んで「空の境界」を爆音で上映もしました。

岡本:一回目の動員はどのくらいでしたか?

近藤:1万2千人くらい来てくれました。

岡本:それはすごいですね。

近藤:野外でのライブやトークイベントもアニメではフレッシュで喜んでくれました。東京から応援に来てくれた、同じ業界のプロデューサーから「雨降ったらどうするつもりだったの?」って言われて、「雨降らないって決めてやった」と言われたら、爆笑されました。「近藤さんらしい」って。

岡本:(笑)

近藤:それくらい覚悟決めないとやれなかったんです。環境も整ってなかったし、未体験のイベントだったから、すべて手さぐりです。だから、立てた意図を信じて走るしかなかった。結果、「マチ★アソビ」に来てくれたユーザーの方が喜んで帰ってくれる、満足度ですよね、それを一番に考えてやりました。行政や報道の人は、どのくらいの動員が目的ですかとよく聞きますが、そういう数字のことはあまり考えていません。

岡本:ユーザーが満足する気持ちが大切なんですね。眉山の他に駅周辺の商店街、ポッポ街でもいろいろ仕掛けてますよね。私が見たときは小さい商店が並んでいて、残念ですが全部シャッターが下りていました。

近藤:シャッター通りと言われるように、経済状況は厳しいですね。地方が再生するにはチャンスが無くなったわけではないし、逆にチャンスもあるのですが、こちらの方々と話しをすると中々そういう状況にないような話しを聞きます。徳島に帰って4、5年たちましたが、だんだんそういうリアルな問題が見えるようになってきました。

岡本:「マチ★アソビ」期間中はポッポ街の閉まったお店を借りて、いろんなタイトルの展示や販売をやってますよね。ふだんは誰もいないポッポ街に、その時だけアニメファンが殺到するわけですよね?

近藤:そうなんですが、シャッター下ろしたお店をもう一度開けることがどれだけ大変か…。地元で調整してくれているスタッフは本当に「マチ★アソビ」を成功させたいという気持ちでやってくれています。商店街というのは高度成長期の好景気を経験された方々が集まっているというところですし、それこそ何十年とそこで生きてきたという想いがあります、それを理解しつつ次世代にむかうということは並大抵ではないんです。

◆ufotable CINEMAをオープン

岡本:「マチ★アソビ」は2009年から始まって、これまでに9回開催され、回数を重ねながら変化したこともあると思います。2012年には徳島市に「ufotable CINEMA」という映画館をオープンされてますが、制作プロダクションが映画館をつくるのは日本初ですよね

近藤:席数は少ないですがスクリーンなどの設備は、全国でも高スペックな映画館だと思ってます。シネマをつくった理由は、短期間のイベントを打つだけでは、日常的な「まち」の活性化にならないと感じたからなんです。地域に住む人たちとこれからどう生きていくか考えたときに、何か日常的に交流できるものがそこにないといけない。そんなことを感じてファンとの交流をも目的に、「ufotable CINEMA」と徳島スタジオの2階に「ufotable café」もつくったわけです。

岡本:地方の映画館がどんどん潰れている今の時代に、シネマをオープンしてだいじょうぶですか?

近藤:シネマはやはり採算が取れないですから、地下に物販としてアニメイトさんに入っていただいて、1階には「Fate/Zero」ショップと「テイルズ オブ」ショップもこの機会にとオープンに踏み切りました。映画館というよりは総合エンターテイメントのビルだと僕は思ってます。

岡本:でも、本業とは別にカフェやシネマの経営もやるのはきつくないですか?

近藤:僕個人の時間的、体力的には厳しいです。でも僕が「マチ★アソビ」だけでなく、カフェやシネマをやる理由は、やっぱりユーザーに喜んでもらいたいからなんです。喜んでもらうことができれば、僕らはまた映像作品をつくることができる。そういう気持ちです。「Fate/Zero」を制作しているとき、連日高円寺のカフェに行列ができたんです。それはそれはプレッシャーでした。そして、素直に嬉しかったんです。目の前に、自分達が制作している作品で喜んでくれている人たちがいる。彼らをがっかりさせてはいけない、必死になって制作に取り組みました。

岡本:作り手も受け取り側もみんながハッピーになった仕事ということですよね?

近藤:はい。

◆マチ★アソビのチャリティー

岡本:話は変わりますが、「空港アニメジャック」というのは具体的にどんなイベントですか?

近藤:徳島駅から30分くらいのところにある「徳島阿波おどり空港」の空間を使って、「マチ★アソビ」に参加している企業のタイトルさんを紹介しています。県外から空港を経由してくる観光客に巨大なタペストリーのアニメを見てもらって、みんなでワイワイやっていることを感じてもらうのが狙いです。

岡本:「マチ★アソビvol.7」(2011年10月)では、東日本大震災のチャリティーをやりましたね?

近藤:震災で直接被害にあわれた方には比べようにもありませんが、全国民が自分たちの無力感にさいなまれたはずなんです。みんな何かしなきゃ、何かやれることはないか、そういう気持ちでいっぱいでした。春の「マチ★アソビ」をそもそも開催するか否かという判断もありましたが、今、何かをやることこそ大事であると判断して4月に入ってから動きはじめました。最も準備期間のなかった「マチ★アソビ」です。お声がけをしている中で、徳島新聞さんから最終面に「マチ★アソビ」の一面広告を出してもいいというお話しを頂き、嬉しかったです。各版権元に連絡をとり、あの一面を完成させました。「みんなで応援。信じるココロ、続ける力」 というメッセージは体の中から自然と出てきたことを覚えています。この年の「阿波おどり」のポスターにもいろんなキャラクターに入ってもらって初めて販売。さらに、チャリティオークションも行いました。「マチ★アソビ」にも毎回参加してくれているフィギュアの会社で有名な株式会社グッドスマイルカンパニーさんが東日本大震災の復興のチャリティプロジェクト「Cheerful JAPAN!」をやっていて、僕らもそこに参加。「Cheerful JAPAN!を通して1000万を寄付しました。「Cheerful JAPAN!」全体では2億円以上を寄附しています。

岡本:お話をきいて驚くことばかりですね。

◆一人ひとりのユーザーとつながる

岡本「マチ★アソビ」のパーソナルスポンサーというのは新しい発想ですよね。

近藤:パーソナルスポンサーとは簡単にいうとユーザーがスポンサーになる仕組みです。基本の3千円コース、グッズなどが付く1万円のコースというように、ユーザー自身の予算で選べるスポンサーの形を用意しています。イベント会場でユーザーに商品を買ってもらうだけでなく、イベント自体をユーザーと一緒につくることをやりたいんです。そうすればみんなと「マチ★アソビ」をつくっていくことができる。イベント運営費をそれで賄えるといいのですが現実的な数字には遥か遠い現状です。

岡本:「マチ★アソビ」の成功例を見て、似たようなイベントを仕掛けようとする企業や自治体もあるんじゃないですか? お話を聞くと、徳島でしかできないように私は感じますが…。

近藤:色んなところからお話しを頂きます。その人達が「マチ★アソビ」の何を成功と思われたかですよね。ufotableとしては映像作品をつくりたいと思っている者達が集まったスタジオです。つくった作品は出来るだけ多くの方に観てもらいたい。そのために色んな「場」をつくってきました。それがカフェだったり、CINEMAだったり、イベントだったり。そして、僕たちはそこで次回作へとつなげていく元気をもらっています。スタッフは自然にユーザーのことを考えるようになりますし、ユーザーに見てほしいものをつくるという気持ちに照れがなくなる。喜んでくれることを嬉しいという気持ちに素直になることで、先に進むことができると思っています。

岡本:ユーザー一人ひとりとつながるために、いろんな展開があるのですね。コンテンツをつくるだけでもすごい仕事量なのに、ufotableさんがなぜ「マチ★アソビ」に全勢力を注いでいるのか不思議に思っていました。シネマやカフェも運営しているのを見て、どうしてこんなに事業を広げるのかわからなかったんですが、今日はお話を聞いてその目的がはっきりわかりました。

近藤:繰り返しますが、僕たちは映像作品をつくり、そして喜んでくれる人たちがそこにいる、そういう関係をこれからもつくっていきたいと思っています。「マチ★アソビ」はそういう気持ちの延長上にあります。「マチ★アソビ」に来てくれる人たちに喜んでもらいたい。喜んでくれたなら、僕たちはまた「マチ★アソビ」を頑張れるし、持ち込んだ作品に関わるスタッフみんなの元気になって、あらたに素敵な作品が生まれる。そして、また「マチ★アソビ」では新しい企画が生まれる。そういう関係性。それはきっと、みんながハッピーになると信じています。


[脚注]
1.「マチ★アソビ」
2009年より「徳島をアソビ尽くす」を合言葉に始まったufotableプロデュースのアニメイベント。鳥取県境港市の「ゲゲゲの鬼太郎」など、単一コンテンツで通年観光誘致をする企画とは異なる、複数のゲームやアニメのタイトルが集結する期間限定のイベントである。会場は眉山山頂の特設ステージ、新町川沿いの「しんまちボードウォーク」などで、徳島市と連携しながらの地域活性化事業として定着している。「国際アニメ映画祭」とタイアップした2012年の「マチ★アソビvol.9」では5万2千人の動員を記録。今後はデジタルクリエイターの人材育成の他、海外へのPR活動も実施し、「マチ★アソビ」を基軸とした徳島の観光ビジネスの国際化を図っており、地域から世界へと広がっている。