平成29年度ASEAN文化交流・協力事業(アニメーション・映画分野) | » Home

背景とねらい

 タイはASEAN諸国の中でも特に日本のアニメが親しまれている国の一つである。日本のアニメ制作会社の海外契約件数(放映・上映・ビデオグラム・配信・商品化等)で見ると、平成29年の調査でタイは11位で、17~19位のフィリピン、ベトナム、シンガポールを大きく引き離してASEAN諸国の中ではトップである。※1

 歴史的にも、日本とタイのアニメーション分野における関係は深く、タイ国内最大かつ最古の映像制作スタジオとして知られるKantana GroupのKantata Animation Studios は、もともと日本の東映アニメーションの下請けとして始まった会社である。同社はその後、3DCG制作にシフトし、平成18年にはタイ初の長編アニメーション作品『Khan Kluay』を制作。その後も2本の長編作品とTVシリーズを制作している。昨今はKantana以外にも、多数の中小アニメーション制作スタジオが次々と生まれており、今後のさらなる産業発展が見込まれる。今回視察したIgloo Studioのように、独自企画の長編アニメーション映画を制作するスタジオも出てきており、若い世代を中心に新たな波が生まれつつある。

 一方、アニメーション分野の人材育成については、今回の事業の協力先であるSilpakornUniversity をはじめ、各地の教育機関でアニメーション教育が行われており、上述のようなアニメーション制作スタジオに人材を輩出している。しかし、その歴史はまだ浅く、アニメーションの専門教育のためのカリキュラム開発や指導者の育成が課題となっている。

 こうした背景を踏まえ、本事業では、日本で活躍するプロのアニメーター3人をタイに派遣し、現地の若者達にアニメーション表現の基本を教える、実践的な内容の作画ワークショップを行った。カリキュラムや指導方法は、平成24年度から文化庁のメディア芸術分野の事業の一つとして実施されてきた『アニメーションブートキャンプ』というワークショップをベースにしている。※2

 アニメーションブートキャンプは、2D・3Dを問わず「自己発展・自己開発できる人材の育成」を目的に掲げ、自分達の身体を使って「観察すること」や「感じること」、さらに「他者に伝わる表現」を追求することを重視した、基礎的かつ本質的なアニメーション教育プログラムである。講師は日本のトップクラスのアニメーター達であり、普段なかなか表舞台に出ることのない彼らから、直接的な指導を受けることができる。同ワークショップをタイで実施することで、現地の若者達を触発するとともに、日本のアニメーションについて深いレベルで理解してもらうことを目指した。

 平成27年に我々は初めてタイでアニメーションブートキャンプを実施したが、参加した学生達や現地の大学の先生達から大変に好評であり、参加者の中から映画祭等で高い評価を得る者が出てくるなど、具体的な成果を出すこともできた。※ 3 タイ側からは継続的な実施を期待する声が強く、平成28年には2回目のワークショップを実施した。実施にあたっては、新たに東京藝術大学の大学院生をチューターとして派遣することを試み、若者同士の文化交流という面では、1年目以上の手応えがあった。また、初年度のタイの参加学生が2年目にアシスタントとしてサポートしてくれるなど、継続して行うことによるメリットも明らかになった。こうした経緯を経て、本年度はタイで3回目となるアニメーションブートキャンプを実施した。

※1:一般社団法人日本動画協会編・著『アニメ産業レポート2017』(一般社団法人日本動画協会,2017)
※2:アニメーションブートキャンプに関しては、以下のWEBサイトに詳しい。http://animationbootcamp.info/
※ 3:Panida Ratarasan(Silpakorn University)の作品“Footstep” が「アジアデジタルアート大賞展FUKUOKA」で優秀賞を受賞。彼女は本年度のワークショップにもアシスタントとして参加した。

実施体制

日本側スタッフ
講師 押山清高(アニメーター)
りょーちも(アニメーター)
山田桃子(アニメーター/株式会社手塚プロダクション)
講師補佐 Nuchanart Rungtrakool(アニメーター/株式会社プロダクション・アイジー)
ディレクター 竹内孝次(アニメーションプロデューサー)
布山タルト(東京藝術大学 教授)
プロジェクトプロデューサー 岡本美津子(東京藝術大学 教授)
プロジェクトマネージャー 江口麻子(東京藝術大学 助教)
通訳 Rinyaphat Phattaratheeda Mukkie
企画・運営 東京藝術大学大学院映像研究科
全体統括 公益財団法人ユニジャパン
事業主任 前田健成(国際支援グループ グループマネージャー)
事業担当 中﨑淸美(国際支援グループ)
小松万智子(国際支援グループ)
タイ側スタッフ(Silpakorn University)
プロジェクトプロデューサー Chanisa Changadvech(Chair of Visual Communication Design Department, Faculty of Decorative Art)
スタッフ Chitchai Kuandachakupt(Product Design Department, Faculty of Decorative Art)
Chotiwat Punnopatham(Visual Communication Design Department, Faculty of Decorative Arts)
Atiwat Wiroonpetch(Visual Communication Design Department, Faculty of Decorative Arts)
Supitchaya Khemthong(Visual Communication Design Department, Faculty of Decorative Arts)
Kanitta Meechubot(Visual Communication Design Department, Faculty of Decorative Art)
コーディネーター Sutasinee Vajanavinij(Visual Communication Design Department, Faculty of Decorative Art)
講師補助(Silpakorn University卒業生ら) Panida Ratarasan(昨年度参加者)
Atikan Intharasukphon(昨年度参加者)
Nichakarn Rojanadamkerngchoke(昨年度参加者)
Ploypapat Phusadeekunpaisan(昨年度参加者)
Thanyanan Jirasatitworakul(Illustrator/Comic Artist/一昨年アシスタントスタッフ)
Tunyakarn Anucharchart(Illustrator/Comic Artist/昨年アシスタントスタッフ)
Vasan Suwanaka(Illustrator/一昨年アシスタントスタッフ)

講師プロフィール

  • 押山清高 (アニメーター)

  • りょーちも (アニメーター、アニメーション監督、イラストレーター)

  • 山田桃子 (アニメーター/株式会社手塚プロダクション)

事業概要

《事業名》

『アニメーションブートキャンプ 2017 ASEAN』

《日程》

平成29年12月1日(金)~3日(日)

《場所》

Silpakorn University, Wang Thapra Campus

《プログラム》

1日目(12月1日)

09:50-10:00 オープニングセレモニー
10:00-10:05 オリエンテーション(竹内ディレクター)
10:05-10:15 カットアウト人形制作
10:15-10:25 歩きの演習(竹内ディレクター)
10:25-11:30 歩きの作画講義1(押山講師)
10:30-12:10 歩きの作画
12:10-12:15 歩きの作画を上映
12:15-12:20 歩きの作画講義2(押山講師)
12:20-12:30 歩きの作画のリバイス
12:30-13:30 ランチ
13:30-14:40 歩きの作画のリバイス
14:40-14:50 リバイスした歩きの作画を上映
14:50-15:05 歩きの作画の講評(押山講師)
15:05-15:20 休憩
15:20-15:30 課題の説明(竹内ディレクター)
15:30-16:05 シアターゲーム(りょーちも)
16:05-17:30 ストーリーを決めるディスカッション

2日目(12月2日)

09:00-09:30 コンテ作成
09:30-09:40 表現上の留意点についての説明(竹内ディレクター)
09:40-12:30 ラフ原画の作画
12:30-13:30 ランチ
13:30-13:40 ラフ原画の上映
13:40-17:30 作画

3日目(12月3日)

09:00-09:30 作画
09:30-09:40 作画途中の映像の上映
13:00-14:00 昼食
14:00-14:45 『かっちけねぇ!』上映(山田講師)
14:45-15:20 完成作品の上映と講評
15:20-17:00 質疑応答
17:00-18:00 クロージングセレモニー(修了証授与・記念撮影)

《参加者》

人数:31人(タイ参加学生25人+東京藝術大学学生6人)
参加者の所属:
Silpakorn University(シラパコーン大学)
 ・Visual Communication Design Department, Faculty of Decorative Arts(14人)
 ・Animation, ICT(3人)
Silpakorn University International College(シラパコーン大学インターナショナルカレッジ)
 ・Faculty of Digital Communication Design(3人)
King Mongkut’s University of Technology Thonburi(モンクット王工科大学トンブリー校)
 ・Media Arts(3人)
King Mongkut’s Institute of Technology Ladkrabang(モンクット王工科大学ラートクラバン校)
 ・Film and Digital Media(2人)
東京藝術大学
 ・大学院映像研究科アニメーション専攻(6人)

アンケート結果

今回のワークショップは面白かったですか?

大変面白かった 75%(18人)
ある程度は面白かった 25%(6人)

今回のワークショップの内容は十分に理解 できましたか?

十分に理解できた 83.3%(20人)
ある程度は理解できた 16.7%(4人)

今回のワークショップのカリキュラムは 適切だったと思いますか?

非常に適切だった 50%(12人)
ある程度は適切だった 45.8%(11人)
どちらとも言えない 4.2%(1人)

今回のワークショップの指導は適切だった と思いますか?

非常に適切だった 79.2%(19人)
ある程度は適切だった 20.8%(5人)

今回のワークショップで学んだことは今後 の作品作りに役立つと思いますか?

非常に役立つ 83.3%(20人)
ある程度は役立つ 16.7%(4人)

今回のワークショップで学んだことを具体的に 挙げてください。(英語による自由記述)

・絵コンテから作画まで、2Dアニメーションのプロセス
・いかにたくさんのディテールが必要で、いかに日本のアニメーションがリアリティを求めているか
・キャラクターが動く時の正しい人体構造
・今まで気にしたこともない動きの観察
・面白い絵コンテのつくり方
・グループで他のメンバーと共同作業する方法
・自分の2Dアニメーションプロジェクトづくりに応用できる知識
・アナログ作画のやり方(大好きになりました)
・何を一番に描くかの考え方と、修正・完成の仕方
・自然なキーポーズのつくり方
・キャラクターの動きを細かく考えること
・ストーリーの伝え方
・キャラクターのアクションの動機付け
・動きを通して感情を表現する方法
・人の歩きを作画する方法
・日本のアニメーターのやり方
・リズムについて
・描き出す前にストーリーを考えること。それによって注意深くなるし、より良い絵ができる
・人間の体がどのように動くのか、理解が深まった
・動きについてたくさん学んだことで自分の弱点を克服できた
・人間の動きの観察方法
・効率よく作業する方法
・チームと話し合うことの重要性
・1シーンを作るのがどんなに大変かわかったし、完成作品を誇りに思う

自由記述による感想

・2Dアニメーションについて本当にたくさんのことを学ぶことができました。
・他の人と作業したり、他のグループの作品を見るのが好きでした。そのことで、たくさんの新しい知識やアイデアをもらうことができました。
・素晴らしいワークショップです! 楽しかったし、もっと学びたかったです。この3日間で、2Dアニメーション制作を続けていきたいと心から思うようになりました。先生はとても親切で優しかったです。面倒を見てくださってありがとうございました!!
・りょーちもさんのことがとても好きです。直接コミュニケーションはできませんでしたが、いつも一生懸命に、私達の作品を良くしよう良くしようと心を尽くしてくれました。このワークショップはシンプルですが、効果的です。
・このワークショップはとても素晴らしいです!
・とても良かったです。自分なりにベストを尽くしたし、楽しかった! 自分にはできないと思っていたことにも頑張って挑戦しました。
・日本のお菓子はとっても美味しい! 初めて会った友達と作業するのは楽しかったです。先生は皆さんキュートで、良いコメントばかり下さいました。ありがとう。
・先生の説明をもっと理解したかったので、通訳がもっといてほしかった。桃子先生、本当にありがとうございました。とても優しくて可愛くて、たくさん助けていただきました。
・いろいろな技術を学びたいから、もっと長くやって欲しい。ちゃんと伝わるアニメーションや、日本のアニメーション事情について学べたのは良かった。
・このワークショップのすべてがとても良かった。
・ワークショップのプログラムはとても良かった。プログラムを売ってはどうですか?
・日本の学生ともっと話したいです。他のグループとも話したい。もっと時間が欲しいです。他の動きをやってみたい。
・本当にありがとうございました。いろいろな経験ができたし、アニメーションのことを皆さんから学べて良かったです。

まとめ

 今回、3年目の開催となり、これまでの経験を踏まえてさまざまな改善を試みた結果、より質の高い内容の文化交流・協力プログラムへと発展させることができた。以下、本年度のアニメーション分野事業におけるポイントをまとめる。

 ・昨年は、3人の講師のうち2人を前年の経験者とし、またベテランと若手を混在させた布陣で編成していたが、今回はスケジュール調整の都合もあり、最終的に3人ともタイでのブートキャンプには初参加となる若い世代の講師陣となった。当初は若干の不安もあったが、出発前に入念な打ち合わせを行ったこともあり、結果的にはまったく問題なかった。また講師陣がデジタル技術にも詳しい若い世代だったため、質疑応答の際にデジタル作画や3DCG関連の質問が多く出るなど、これまでにない変化も生まれた。また昨年度までは3人とも男性アニメーターであったが、今回初めて女性アニメーターにも加わってもらった点も、多様性をもたらす意味で良かったと思われる。

 ・前回のブートキャンプ受講生が翌年にサポートスタッフとして手伝ってくれるスタイルが定着し、内容を熟知した彼らの協力を得て、運営面では非常にスムースに進めることができた。昨年は、初めて東京藝術大学の学生も参加したことから、作業分担が必ずしもうまくいかず、タイ側のサポートスタッフがやや手持ち無沙汰になってしまうという問題が発生していた。その反省から、今回はタイ側のサポートスタッフとのミーティングを頻繁に行うように心がけ、さらに学生全員への指示を彼ら経由で行うようにするなど、明確な役割を与えるようにした。その結果、彼らはチームを引っ張るリーダーとして活躍してくれ、また藝大生達も課題の制作に集中して取り組むことができ、結果的に昨年よりも完成作品のクオリティが高くなった。

 ・今回、完成作品の上映時に、効果音を自分の声であててもらうことを初めて試みた。結果、上映が非常に盛り上がり、学生達も自分のアニメーションを他者に伝える喜びをより強く感じられた様子であった。

 ・昨年まで、Silpakorn University以外の参加校の先生方や、ワークショップを見学に来たアニメーション業界関係者の方々との交流の場を設けることができなかった。その反省から、今回はワークショップの翌日に2時間ほどの意見交換会の場を設けてもらった。その結果、非常に濃密な議論が行われ、双方にとって有益な意見交換ができた。またブートキャンプの内容については、教育界、産業界を問わず、すべての出席者から高い評価を得ることができた。

 ・ワークショップ終了後の企業視察では、タイの若い世代が立ち上げた活気あるスタジオを訪問し、今後のタイのアニメーション産業が海外からの下請けに甘んじることなく、海外市場にも売れるようなオリジナル作品を生み出しうる十分なポテンシャルを持っていることを知ることができた。また、そうしたプロダクションのスタッフとして、ブートキャンプのOB/OGがすでに働きはじめているという状況を知った。

 ・過去のブートキャンプ受講生達の中から、その体験を卒業制作に生かして、映画祭等で高い評価を得る作品をつくり出している者が、毎年輩出されていることがわかった。そうした具体的な成果も出ていることから、タイ側からは今後も継続してブートキャンプを実施してほしいという強く期待されている。

 以上、事業全体として成功だったと総括できるのではないだろうか。タイ側のスタッフとの信頼関係もますます強固になり、今後の継続的な開催と、さらなる事業の発展が期待されている。