令和元年度ASEAN文化交流・協力事業(アニメーション・映画分野) | » Home

背景とねらい

 近年の映画産業の年間興行収入は好調である。2019年度は洋画・邦画を合計した興業収入は歴代最高を記録する見込みである。『天気の子』(2019)をはじめ、『アラジン』(2019)、 『トイ・ストーリー4』(2019)など興行収入が100億円に超えるヒット作品も見られた。国内での映画に対する人気もさることながら、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に日本から是枝裕和監督作『万引き家族』と濱口竜介監督『寝ても覚めても』の2本が出品され、『万引き家族』が最高賞のパルム・ドールを受賞するなど、日本映画も世界的には一定の評価がなされていると言える。

 これらの映画表現の技術的背景には、黒澤明や溝口健二、小津安二郎といった世界的にも高く評価された監督らが活躍した、映画黄金期と言われるスタジオ撮影時代に培われた映画表現技術を継承しながら、デジタル大国として日本映画が先進的なデジタル技術を積極的に映像制作に取り入れてきた結果であると言える。そのフィルム制作からデジタル制作への過渡期に、国立大学で初の本格的な映画教育・研究を行う拠点として平成17年に設置されたのが東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻である。同専攻では過去数年にわたり、現在の映画制作の主流となったデジタルシネマに適した、新しい映画制作に基づく映画教育システムの研究を行ってきた。同研究の成果の一つとして、『デジタルシネマ制作ワークフロー教育マニュアル』を2015年度に作成している。

映像研究科はフランス国立高等映画教育機関 (La Fémis)や南カリフォルニア大学(USC)、シンガポールのラサール芸術大学、イランのテヘラン藝術大学など世界有数の映画教育機関と国際協定を結ぶなど独自の映画教育のグローバルネットワークを構築しつつある。本事業は、映像研究科が形成してきたグローバルネットワークだけでなく、国際映画テレビ教育連盟(CILECT)に加盟しているASEAN諸国の映画教育機関を中心に参加者を募集して開催した。

 本事業の開催国であるマレーシアは、世界的な映画水準から見るとツァイ・ミンリャンなどの一部の世界的な監督を除いてまだ映画の知名度は低く、映画の発展途上の段階であると言える。しかし、近年マレーシア政府が主導して行っているジョホールバル地区の大規模な都市計画「イスカンダル計画」の一部としてエンターテイメント業界が参入したことで、その状況が変わりつつあり、アジアにおけるマレーシアの映画産業の動向も注目されている。また、言語的にもマレー語、英語、中国語という幅広い言語が国内で使用されており、世界マーケットの最大の障壁である言語問題の壁が低いことも特徴である。アジアの経済大国であるシンガポールとの地理的利便性も無視はできない。経済や文化、人材の交流は活発で、今後のマレーシアの映像文化・映画産業が多くの可能性を持っていることは疑いの余地がない。

本事業は、マレーシア屈指の映像教育機関であるマルチメディア大学とマレーシアの日本現地法人であるOLM Asia SDN BHDの協力により、撮影スタジオを完備した理想的な映画教育環境と日本を代表する撮影監督、美術監督、編集技師、録音技師等の指導のもと、映画制作に必要な表現技術と思考、そして映画制作に対する情熱を直接体験してもらう貴重な映画制作ワークショップである。撮影照明、美術、編集、録音という分野において、日本の映像技術表現と映画の創造性の可能性を体現することを目的とし、さらにはASEAN諸国の若者達に日本文化への理解を深めてもらう重要な機会を提供する。本事業が次世代のASEAN諸国での映画制作ネットワークの足がかりになることを大いに期待している。

実施体制

日本側スタッフ
講師 柳島克己[撮影監督/東京藝術大学大学院 名誉教授]
磯見俊裕[美術監督/東京藝術大学大学院映像研究科 教授]
鈴木真一[編集技師]
藤本賢一[録音技師]
講師補佐 森崎真実[撮影助手]
池田啓介[照明助手]
田中直樹[通訳]
ディレクター 横山昌吾[東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻 助教]
ディレクター補佐 廣原 暁[フリーランス監督]
プロジェクトプロデューサー 岡本美津子[東京藝術大学大学院映像研究科 教授]
ワークショップアシスタント 北地那奈[フリーランス美術部]
清水夏海[東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻美術領域 学生]
袁 子千[東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻美術領域 学生]
孫 義[東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻美術領域 学生]
企画・運営 東京藝術大学大学院映像研究科
全体統括 公益財団法人ユニジャパン
事業主任 前田健成[公益財団法人ユニジャパン国際支援グループ グループマネージャー]
事業担当 中﨑淸美[公益財団法人ユニジャパン国際支援グループ]
マレーシア側スタッフ
コーディネーター 日下健太郎[OLM Asia SDN BHD]
制作部 Quinn Amalore
美術アシスタント Mary Grace Pacat
協力機関 OLM Asia SDN BHD, Multimedia University,
FINAS, IMAGICA GROUP, WONG ENTERPRISE,
ASIA FILM EQUIPMENT SDN BHD, GIGGLES & GEEKS
シンガポール側スタッフ
講師 浦田秀穂[撮影監督/LASALLE College of the Arts 教授]
講師補佐 Tan Jin Lin Jesmen

 

参加教育機関

Mahakarya Institute of the Arts Asia(ブルネイ)

Jakarta Institute of Arts (インドネシア)

Multimedia University(マレーシア)

University of the Philippines Film Institute(フィリピン)

LASALLE College of the Arts (シンガポール)

Silpakorn University(タイ)

The University of Teatre-Cinema HCMC(ベトナム)

講師プロフィール

  • 柳島克己 (撮影監督/東京藝術大学 名誉教授)

  • 浦田秀穂 (撮影監督/LASALLE College of the Arts 教授)

  • 磯見俊裕 (美術監督/東京藝術大学大学院映像研究科 教授)

  • 鈴木真一 (編集技師)

  • 藤本賢一 (録音技師)

実施概要

《事業名》

ASEAN2019 デジタルシネマ制作ワークショップinマレーシア

《日程》

20191111日(月)~16日(土)

《開催地》

Multimedia University

撮影ワークショップ・マスタークラス

Multimedia University スタジオ(セット撮影場所)

Multimedia University 校内(ロケセット撮影場所)

編集・録音マスタークラス

Multimedia University 編集室

Multimedia University E-theater

ロケーションリサーチ

Melaka

《受講学生数》

18

《受講学生の所属》

Mahakarya Institute of the Arts Asia(ブルネイ) 2

Jakarta Institute of Arts(インドネシア) 2

Multimedia university(マレーシア) 5

University of the Philippines Film Institute(フィリピン) 2

LASALLE College of the Arts(シンガポール) 3名 

Silpakorn University(タイ) 2

The University of Teatre-Cinema HCMC(ベトナム) 2

《使用言語》

日本語・英語(逐次通訳)

プログラム内容の詳細

《1日目:ガイダンス》

ワークショップの開会式は、マルチメディア大学のe-theaterにて行われた。

本事業のディレクターである横山よりワークショップの開催趣旨の説明が行われ、全体統括のユニジャパンより開催の挨拶、その後マレーシア国立映画振興公社(National Film Development Corporation Malaysia)チェアマンのDato Hans氏によるオープニングスピーチと続き、Multimedia University Faculty of Creative Multimedia専攻長代理 Dr. Lim Kok Yongが挨拶した。本事業の講師陣の自己紹介後、アシスタントの紹介、参加者の自己紹介、ワークショップの趣旨と内容についての詳細説明、撮影ワークショップ時のグループ分け発表、ワークショップのスケジュールの確認などを行った。ガイダンス終了後は、マルチメディア大学のスタジオに移動し、撮影ワークショップ・マスタークラスを行った。

《撮影ワークショップ・マスタークラス》

講師との事前打ち合わせにより、今回の撮影ワークショップは、昨年の主題である「シンプルだがカメラ設定(構図やポジションなど)によってどのような表現に変わるか?」を引き続き採用した。

参加者により深く具体的に撮影ワークショップの内容を理解・体験してもらうため、撮影台本は、昨年同様柳島講師が執筆した。スタジオシーンの設定は、マンションの一室であり、ロケセットは駐車場(車内から車外)である。ワークショップ初日に、グループごとに各役者の動き(ブロッキング)の説明と脚本の解説と設定を伝えた。学生達は、各班でカット割りを行い、ワークショップ時の役割について話し合った。

また、過去のワークショップの反省を生かし、今年度はスタジオ班を3班に分け、撮影、照明、演出の三つの観点から少人数で細かい説明を聞けるように工夫した。まず、撮影、照明、演出の基礎原理を各撮影助手がホワイトボードを使用し、次に機材についても丁寧に説明した。これにより、使用する機材の扱い方や特性、照明機材についての詳細な知識を参加者全員が有した状態でワークショップに取り組むことができた。その後、ベースライトを設置し、班ごとに2日目以降の各学生の役割や段取りなどを再確認した。

《撮影ワークショップ》

23日目までは、運営側が作成したタイムスケジュールに沿って行われた。具体的な内容については柳島講師、浦田講師らの現場の判断に委ね、各講師がワークショップの進行具合と参加者の要望や適性に応じてワークショップを組み立てた。

スタジオセット撮影は柳島講師、ロケ撮影は浦田講師がそれぞれ担当した。参加者はA班、 B班に分かれ、さらにスタジオ撮影班とロケ撮影班に分かれた。

スタジオには通常の映画撮影同様、事前に作成した図面に沿って家具などの美術セットが設営されている。まずは事前に配布した脚本をもとにブロッキングが行われ、各班とも参加者間で担当を決め、演出アシスタントと話し合いながらカメラアングルや照明設計を行った。スタジオ班を3班に分けていたため、担当学生が各自でカメラや照明を設定した際にそれぞれの専門スタッフが学生の目的に沿って細かくアドバイスすることができた。これはロケでの撮影も同様で、演出スタッフのブロッキングをもとに担当学生がカメラアングルやカメラ演出をつけ、カットごとに担当者を替えて撮影がされ、講師とスタッフは学生の狙いに沿ったアドバイスや技術的なサポートを行った。また、ロケ場所や演出の変更などについても、参加者が撮影可能な区画内で自由に選択できるようにした。

スタジオ撮影では、ゼロからライティングをつくる必要がある。参加者は、講師らが事前にセッティングしたベースライトを基準として、撮影照明のアイデアを出し合いながらシーンの撮影照明に取り組んだ。講師は、ライティングと撮影のデモンストレーションを行い、カメラのポジションや移動撮影によりどのような表現の違いが生じるか、参加者にそのつど説明した。

ロケ撮影では、常に変化する光(日光)に対してどのようなアプローチを取るべきか、カ

メラのセットボジションによりどのように表現の変化が生じるかなど、参加者同士で議論させた。ワークショップの最後には、班ごとに参加者を集めて講師らとのラッシュ上映を行い、撮影した素材を講評した。参加者は、各自が撮影した素材についてどうすればよりよい映像表現ができるか、プロフェッショナルがどのような観点から映像を見るかを理解することができた。撮影デモンストレーションにより、参加者の撮影表現に対する理解はより深まったと言える。

撮影ワークショップでは、柳島講師や浦田講師が実際にプロの現場で撮影した撮影素材を見せ、撮影方法や狙いなどプロの撮影現場の裏話や解説なども行った。

《ロケーションリサーチ》

今年度は脚本のより深い理解と学生間の交流、文化交流の機会を増やす目的で、マルチメディア大学の協力を得て、Melakaへのロケーションリサーチを行った。Melakaはマルチメディア大学の推薦があっただけでなく、撮影講師である柳島氏と浦田氏も以前他の映画プロダクションでロケハンをした場所であり、映画ロケーションとしても使用されている都市である。

参加者には、事前に撮影ワークショップで使用した脚本に適したインサートショットを

Melakaで自由に撮影し、最終日にその写真について講師らが講評を行うことを伝えた。また、講師らは撮影された写真を評価し、脚本(作品)に沿った撮影を行った作品を選び、発表をした。

Melakaでは歴史的遺跡や博物館、教会、寺院など巡ってマレーシアの文化を理解するとともに、旧市街でも各自で積極的にロケーション探索を行った。

《編集マスタークラス》

編集マスタークラス初日は、参加者は3人一組の6つの班に分かれ、編集講師が用意した編集素材(10分程度)を使用して1シーンの編集を1日かけて行った。編集ソフトの使用方法については事前に告知し、使用経験のない学生は使用経験のある学生と同じ班にするなど配慮をした。

学生らは、まず大型スクリーンでラッシュを確認し、その後は各班に分かれて編集を行った。講師が用意した素材は、実際に日本のプロフェッショナルにより演出撮影された素材を用いた。素材は、日本家屋で撮影された役者2名による会話のシーンで、マスターショット、各役者のクローズアップ2種類の計5カットから構成されている。参加者は、日本独自の会話の間や日本家屋という特徴的なミザンセンを経験することができた。講師とスタッフは技術的なサポートだけでなく、各学生が参加し、円滑なコミュニケーションが取れるように配慮した。 2日目は、前日に編集したシーンの講評を行った。講評前に、他のワークショップで同一素材を使用した同年代の学生の編集を提示し、同一撮影素材からどのようなバリエーションが生まれるのかという編集の可能性について解説した。

次に、班ごとに編集したシーンを上映し、それについて各班が編集意図などをプレゼンテーションした。その後、スタッフや講師、他の参加者による質疑応答が行われ、最後に鈴木講師による総括がなされた。プロの編集技師が実際に編集してきた撮影素材を見せながら、どのように編集素材を読み解くのか、編集によりどのような表現の違い、物語の違いが生じるかなどを具体的に解説することで、学生の理解はより深まった。

講評後は、鈴木講師が用意した資料をもとに編集講義が行われた。鈴木講師は、編集者としての経歴の紹介後、実際の35mmフィルムを使用した編集デモンストレーションを行った。参加者は、フィルム編集の歴史に触れるとともに、実際にフィルム編集がどのような工程で行われているのかを理解できた。実際の映像素材を使うことで、他の参加者の編集バリエーションを共有できるだけでなく、基本的な編集技術から実践的な編集技術についての解説も受けることができた。参加者には、昨年以上に実践的な編集マスタークラスとなった。

当初予定されていた録音マスタークラスは講師の緊急帰国に伴い中止となり、編集ワークショップが2日間開催された。ワークショップ終了後には、全参加者と講師スタッフによる懇親会が開催された。参加者らは講師やスタッフに積極的に話しかけながら交流を深めた。

アンケート結果

Alfath(ブルネイ)

これまでは照明しか学んだことがなく、今回初めてカメラのセットアップを学んだ。他国の参加者と一緒に活動して友達になり、互いのことを知ることができ、本当に楽しかった。

Aqil(ブルネイ)

このワークショップは本当に楽しかった。他国でのワークショップは2度目だが、今まで学んだことのない照明やカメラのセットアップなどについて、講師の方々から本当に多くのことを直接学ぶことができた。今後のキャリアに大いに役立つと思う。

Nadhira(インドネシア)

この7日間のワークショップは素晴らしく楽しい経験だった。講師の方にたくさん質問し、多くのことをたくさん学んだ。一つのワークショップにこれだけのプロフェッショナルが集まるのは非常に稀なことだと聞いたので、なるべく時間を無駄にしないように尽力し、「なんでも知りたい」という態度をとった。可能なら来年もぜひ参加したい。海外から来た皆もとても親切で、いろいろな経験を共有できた。映画の知識やスキル以外にも、タイ語やベトナム語、近隣国のブルネイやマレーシア、インドネシアとの文化的な違いを知ることができて本当によかった。

Aldo(インドネシア)

プロフェッショナルから直接学んで体験できる、このようなワークショップが大好きだ。皆親切で、多くの新しいことを教えてくれた。言葉も教えてくれた。

Mushi(マレーシア)

マレーシアの代表者として参加できることを知り、非常に嬉しかった。カメラは専門でないが、私も自分の安全地帯から踏み出して新しいことを初めて学べた。高価な機材を使用できて、私も友人もすごく興奮した。非常に楽しかった。それが一番大事だ。

Sam(マレーシア)

このワークショップで学ぶ内容を初めて知ったときは驚いたし、ちょっと緊張した。カメラと編集は得意ではないからだ。しかし、普通は体験できないことだったのでよかった。自分の安全地帯から踏み出して、新しいことを日本のプロからたくさん学べたし、他国からの参加者と知識をシェアすることができた。

Kayreen(マレーシア)

ワークショップではドリーの使い方やアングルの撮影、照明のやり方、レンズの計り方を教わった。すごい経験だった。他国から来た参加者は私を支えてくれて、それで簡単に友達になれた。他のグループと違ってホテル宿泊ではないので、アイスブレイクに参加できなかったのは残念だった。彼らは空港やホテルで交流できたが、私たちはワークショップ会場でしか会えなかった。でも、皆とても親切だった。

Yuve(マレーシア)

私は映画専攻でなくアニメーション専攻なので、このようなことを体験したことがなかった。プロの仕事ぶりや他国の参加者の行動を見るだけで、多くのことを学べた。彼らの質問は興味深く、私も一緒に学ぶことができた。皆本当にいい人達だった。

Vish(マレーシア)

参加するのをとても楽しみにしていたが、実際に撮影や編集について想像以上に多くのことを学ぶことができた。

Xzy(フィリピン)

国によって映画制作者のスタイルが変わる。その違いが日本の講師から窺い知れたのは、非常に刺激的な体験だった。また、他国の参加者と話せたのもよかった。お互いの文化を共有し、それぞれの国の具体的な映画制作や考え方を共有できたことは非常に充実した時間だった。他のフィリピン人にも経験してほしい。いつもと違う価値観から世の中を見ることができる素晴らしい経験だった。

Claudia(フィリピン)

母国のフィリピンでは通常助監督をやっているが、今回のワークショップでたくさんのことを学んだ。フィリピンに帰ったら撮影にも挑戦できると思う。技術を学べたのもよかったが、例えばショットのつくり方や編集などを通して表現された他国の感性について知ることができたのもよかった。

Angel(シンガポール)

このワークショップで出会った新しい友人から本当に多くのことを学べた。特に講師やスタッフから多くを学んだ。彼らがどうやって仕事を行うのか、お互いにどうやってコミュニケーションをとるかなど、そういうことを知ることができて本当に面白かった。これから自分の仕事に絶対に生かそうと思う。

Randey(シンガポール)

僕にとってこのワークショップでの一番大きな学びは、コミュニケーションだった。他国から来た友人ともコミュニケーションが取れたし、日本から来た講師達にも直接質問することができた。現場で団結して物事を進めるために重要な要素はコミュニケーションだとわかった。また、他国の仕事ぶりも理解できた。この新しい知識とスキルをシンガポールに持ち帰ってこれからの活動に活かしたい。

Clyde(シンガポール)

インターナショナルな参加者と交流ができて、とても良かった。彼らの文化や仕事ぶりを知ることができたし、知識をシェアすることもできた。講師たちの優れた技能を目の当たりにできる素晴らしい機会だった。その学びを母国に持って帰ろうと思う。

Bua(タイ)

ワークショップの雰囲気がすごくよかった。皆の集中力が高く、素晴らしい講師の方々や他国から来た友達からたくさん学んだ。機材も初めて使うものばかりで、楽しくてやりがいがあった。

Nai(タイ)

撮影ワークショップでは、カメラの操作方法や照明やライトメーターの使い方を初めて学んだ。タイでは学べない多くのことを知ることができた。編集も経験できた。参加者たちは一生懸命、必死に学ぼうとし、それに対して講師の方が多くの知識を与えてくれた。タイに戻って映画制作の勉強を続けていきたい。参加者は皆とても親切だった。知らないことも教えてくれて嬉しかった。些細なこと、例えばslate inslate outなど、自分がわからないときに助けてくれた。スタッフの方も親切だった。

Annie(ベトナム)

皆とてもフレンドリーでたくさんのことを学ぶことができた。ベトナムではカメラを使う機会がない。今回のワークショップではカメラも使えたし、現場で何をすべきなのかがわかり、新鮮だった。友達もたくさんできて、それぞれの文化を共有できた。これからもずっと連絡を取っていきたいと思う。

Beth(ベトナム)

プロフェッショナルの人たちと一緒に制作ができた素晴らしい機会だった。本当に多くのことを学んだが、一番重要なのは、現場でどのようにプロフェッショナルと一緒に作業をするかということだ。日本から来た講師の方が親切で、とても素晴らしかった。

まとめ

今年度のワークショップは、ASEAN諸国7カ国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)から参加者を募り、すべての国々から参加をしていただいた。参加募集を学部レベルに統一したことで学生間のレベルでの均衡は取れた利点はあったものの、大学との関係がない国からの募集は難しく短期間で学生を揃えることが困難となり、昨年より参加国数は減少した。

参加者は隣接国であるが、異なる文化バックグラウンドを持ち、なおかつ母国語でない言語で他の参加者とコミュニケーションを取らなくてはならなかった。スタッフも含め、参加者は文化と言語を超えるコミュニケーションの難しさを実感し、同時にその壁を超えてコミュニケーションができたときの喜びを感じることができた。何より映画制作におけるコミュニケーション(意思疎通)の重要性を経験することができたのではないだろうか。言語や文化を超えて映画という共通言語を用いることでお互いが理解し合えるということも十分に実感できたはずである。特に今年度は、撮影ワークショップだけでなく、ロケーションリサーチでのMelakaでの集団行動、そして編集ワークショップでのグループワークなど学生間の交流に重点を置いたこともあり、国を超えたつながりは例年以上に感じられた。

昨年は、参加国を全ASEAN諸国に広げることによる参加者のレベルの格差を顧慮し、各領域の専門性にフォーカスするのではなく、表現と技術的な映画制作全般の知識と技術を幅広く体験できるプログラムを行った。今年は昨年以上に各学生のレベル差をなくし、より深く知識を取得させるために、各領域のワークショップとマスタークラスの内容については実習形式がよいか講義方式がよいかなど、各担当講師と議論を重ねて決定した。また、募集の際に各国の教育機関に参加者の映画制作の経験レベルや言語能力を要望したことにより、グループ分けのときに各班の知識・技術力を揃えることが可能となった。

撮影ワークショップは、脚本と役者を使用して行った。その際、通常の映画制作としての撮影行為(シーンを撮りきる)ではなく、一つひとつのカメラポジションや構図、カメラの動きに重点を置くようにした。また、ワークショップ中でも参加者が直接講師に質問できる機会を多く設けるため、撮影、照明、演出の部署に分け、2時間交代で各部署を経験できるようにした。そのため、参加者は講師スタッフに積極的に話しかけることができ、同時に時間をかけて撮影に取り組むことができた。

講師は、シンプルな映像表現の難しさを参加者に理解してほしいという観点から32mmレンズのみを使用し、色彩もカラーでなくモノクロで撮影した。講師が撮影のデモンストレーションを行ったことで、参加者と同一条件のもとでプロフェッショナルがどのようにカメラ操作をするのか、どのような点に注意を払うのか、技術や考え方の違いは何かなどを直接目の当たりにすることができたのは大変効果があった。昨年同様、脚本も講師が自ら執筆したことで、脚本の内容と講師が参加者に伝えたいこと、体験してほしいことを直接ワークショップに反映できたこともよい点であった。

また、参加者と講師が撮影した素材を当日に講評した。参加者に撮影の実感がある間に各人にフィードバックすることを通じて、参加者の撮影表現と技術に対する理解をより深めることができた。運営側で事前に脚本やワークショップテーマ、役者や演出者などを用意したことにより、参加者は撮影のみに集中して取り組むことができた。美術セットもスタジオの制限がある中で、脚本の意図を反映したものを事前に準備・設計できたことで、本ワークショップに適したセットとなった。

演出スタッフには、作品づくりでなくワークショップである前提と意図を事前に伝えたことで、撮影現場でもワークショップの狙いを壊すことなく、臨機応変に演出をつけてもらうことができた。これらの事前準備と現場での柔軟な対応ができたことにより、参加者はより撮影講師の意図に沿った体験と学習をすることができたのではないだろうか。柳島講師、浦田講師の両名も、空き時間などに積極的に自身の撮影経験についてお話ししてくださった。学生にとっては、プロフェッショナルの撮影の経験を共有するという大変貴重な時間を過ごすことができた。

参加者のアンケートからも、今回の撮影照明ワークショップが母国ではできない撮影照明の機材知識についての習得の場になったこと、現場でのコミュニケーション、意思の疎通の重要性など多くのことを学び経験したとの結果が出ている。また、プロフェッショナルの技術に直接見て触れることができた貴重な機会であったとの声もあった。この結果からも今回の撮影照明ワークショップが、参加者が普段の撮影現場や教育現場では学ぶことのできない多くのものを体験できたと考える。

編集マスタークラスでは、事前の講師との話し合いで、一方的な講義でなく、映像を実際に使用したハンズオンのワークショップの方が学生がより深く編集表現について学べることができると考え、参加者が編集素材を編集するワークショップ形式を採用した。各参加者が編集する形式も検討したが、全員が編集できる環境を用意することが難しく、編集作品が多くなればその分、各参加者への講評時間が少なくなり、教育的効果が少なくなると考えた。

各作品の講評時間も考慮し、今回は3人一組、6班に分けて編集作業に取り組むこととした。編集作業は個人で行う作業ではなく、実際のプロフェッショナルの編集現場でも監督やプロデューサーとのコミュニケーションが重要となる。3人一組としたことで、自分の考えだけで編集するのでなく、チームメイトにも自分の考えを述べて納得させるコミュニケーションスキルが要求される。つまり、今回は編集技術だけでなく、編集に関する総合的なスキルを経験できる機会となった。

編集作品の講評の際には、各班が編集の狙いについてプレゼンテーションを行った。これにより、自分達の映像表現が適切に表現できているかどうか、編集の意図が理解されたかどうかなどを第三者に客観的に判断してもらうことが可能となる。プレゼンテーションでは、各班がどのように編集に取り組んだか、どのようにアプローチをしたかなどが明らかになり、同一素材を他の班がどのような意図で編集に取り組んだかを知ることもでき、その学習効果は高い。また、質疑応答では「どうしてそのような編集にしたのか」という質問から、構成、編集のカットポイント、サウンドの扱い方など細部にわたる質問も出た。鈴木講師は質疑応答の答えを踏まえつつ、プロフェッショナルな視点から編集意図がどのようによりよく反映できるかなど、編集技術だけでなく編集の思考についても講評した。同一素材でも編集(構成)によりどのように意味が変わるのか、どのような点に注意すれば特定のキャラクターに観客が感情移入できるかなどにも言及し、大変理解のしやすい講義内容となった。また、今回使用した素材は日本のプロフェッショナルが日本の美術セットで撮影したものであり、日本語の会話のテンポやミザンセン(カメラに映るすべてのもの)などから参加者は日本文化の一部に触れることができたのではないだろうか。

講評後の講義では、編集の基礎知識や技術だけでなく、講師が35mmフィルムを用意し、デジタル編集とフィルム編集の違いについて説明した。ほとんどの参加者にとってフィルムに触れるのは初めての経験であり、映画の原点に触れる機会となった。参加者はフィルムでの編集作業を通してフィルム時代の映画編集の不便さを体験し、実際の作業の困難さを想像することができた。一端とはいえ、デジタル編集と映画編集の両方の知識に触れることができたのは、有意義かつ貴重な時間となったのではないかと思う。

録音マスタークラスは、講師が急遽帰国することになり、開催できなかった。講師の藤本氏も大変残念がっていたが、編集ワークショップを2日間開催することで臨機応変に対応した。

今年度のワークショップの大きな特徴は、ロケーションリサーチを行ったことである。その目的は、マレーシア文化に触れながら参加者の交流の場を増やすだけでなく、撮影講師らが実際のプロダクションでロケ撮影を行った場所をどう見るか、現実の世界を映画という虚構の世界のためにどう切り取るか、講師らとともに体験することである。参加者には課題として、撮影ワークショップで使用した脚本に従って作品に使用できるインサートショットを撮影してもらった。インサートショットは、後日、講師らが評価をし、最優秀賞を決定した。

マルチメディア大学の協力により、観光スポットではなくマレーシアの歴史を感じる文化的な施設も巡ることができ、参加者はMelakaの世界文化遺産を巡りながらマレーシア文化に接し、理解を深めた。また参加者は仲間と巡りながら各自で映画のワンシーンを探していた。

ワークショップの最後には、各講師による総括とインサートショットの最優秀賞、最優秀編集チーム、最もワークショップに貢献した学生を発表するなど、ワークショップ全体を通して最後まで参加者全員がより積極的に参加できるように工夫をした。その甲斐もあり、最後の総括では参加者もスタッフも大いに盛り上がった。

今回のワークショップでは、撮影、編集と各領域とも映画表現の基礎だけでなく、デモンストレーション、実際の制作作業、また貴重な映画資料や映像を参照しながら進めたことで、プロフェッショナル経験と技術がより理解しやすくなり、例年以上に大変実践的な内容となった。参加者が一般的な映像ワークショップとは違って、より実践的な映画制作知識と技術を習得・体験できたことは、アンケートからも読み解くことができる。これは、本ワークショップの大きな成果である。

また、参加者がASEAN諸国7カ国から参加したことにより、大変貴重な文化的国際交流の場となった。学生間の交流の機会を例年以上に増やしたことで、同じ目的で同じ場所と時間を過ごした参加者達は、運営側の想像を超えて密接な関係を築くことができ、何より「映画」が国や文化を超える世界共通言語であることを実感できたのではないだろうか。日本の第一線で活躍している講師の映画技術や知識だけでなく、講義時間外でも気軽に話してくる人間性や映画制作に対する態度に、参加者は感動していた。日本文化への興味が湧いた、日本に行ってみたい、日本映画に対する知識を深めたいと具体的な声が聞けたのも大変喜ばしいことである。

本事業は過去 5年にわたり、ASEAN諸国の参加者とともに行ってきた。今年度は、昨年同様ほぼすべての参加者が映画の技術表現の全般についてある程度の知識の習得と理解を深めることができたのではないだろうか。例年以上にコミュニケーションという集団での映画制作技術も学べただけでなく、少人数のハンズオン形式を用いたことで、参加者はさまざまな領域の映画制作技術と知識を習得し、映画制作における他者との関わり方についても経験できた。これは教育的な成果としては大変有意義であると考える。今回のワークショップが映画制作者としてだけでなく、一人の人間としての成長につながることを期待する。

過去複数年にわたりASEAN諸国の教育機関から参加者を募集できたことも、アジア映画教育において大きな意味があると考える。本事業は、国際映画テレビ教育連盟(CILECT)のネットワークなどを使用して行われたが、アジアの映画教育機関がこの規模で開催した映画制作ワークショップは未だかつてほとんどなく、国際映画テレビ教育連盟(CILECT)のアジア太平洋組織(CAPA)からも、本プログラムに対する今後の期待も大きい。本年度は、マレーシア政府中央機関であるマレーシア国立映画振興公社(National Film Development Corporation Malaysia)のチェアマンであるDato Hans氏がオープニングスピーチを務めるなど、マレーシア国内における本事業の認知度も広がりを見せた。これは5年間にわたる本事業が、日本が培ってきた映画教育メソッドの窓口となり、ASEAN諸国への映画教育の普及に貢献してきた一つの結果であると言える。今後も引き続きより充実した日本の映画教育プログラムをアジア諸国へ継続的に普及させていきたい。そして、本事業が ASEAN諸国にとっても文化への興味の一つの入り口になってくれることを大いに期待する。

今回、日本の講師、スタッフだけでなく多くの参加者からも「このプログラムに参加できて本当によかった」との声が多数届いた。ここまで充実したワークショップとなったのは、日下氏をはじめとするOLM Asia SDN BHDのスタッフの惜しみない協力と、マルチメディア大学のスタッフの熱意と献身さ、そして、多忙にもかかわらず貴重な時間を割いてくださった柳島氏、浦田氏、磯見氏、鈴木氏、藤本氏ら講師と、講師のアシスタントの方々のおかげに他ならない。あらためて、ここに感謝申し上げる。