背景とねらい
近年の日本映画は、国際映画祭でのノミネートや授賞作品の本数からすれば世界的に一定の評価がされていると言える。2018年の第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に日本から是枝裕和監督作『万引き家族』と濱口竜介監督『寝ても覚めても』の2本が出品され、『万引き家族』が最高賞のパルム・ドールを受賞した。これらの映画表現の技術的背景には、黒澤明や溝口健二、小津安二郎といった世界的にも高く評価された監督らが活躍した、映画黄金期といわれるスタジオ撮影時代に培われた映画表現技術を継承しながら、デジタル大国として日本映画が先進的なデジタル技術を積極的に映像制作に取り入れてきた結果であると言える。
そのフィルム制作からデジタル制作への過渡期に、国立大学で初の本格的な映画教育・研究を行う拠点として平成17年に設置されたのが東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻である。同専攻では過去数年にわたり、現在主流となったデジタルシネマに適した、新しい映画制作に基づく映画教育システムの研究を行ってきた。同研究の成果の一つとして、『デジタルシネマ制作ワークフロー教育マニュアル』を平成27年度に作成している。
映像研究科はフランス国立高等映画教育機関(La Fémis)や南カリフォルニア大学(USC)、ラサール芸術大学(シンガポール)、テヘラン藝術大学など世界有数の映画教育機関と国際協定を結ぶなど独自の映画教育のグローバルネットワークを構築しつつある。本事業は、東京藝術大学大学院映像研究科が形成してきたグローバルネットワークだけでなく、国際映画教育連盟(CILECT)に加盟しているASEAN諸国の映画教育機関から参加者を募集して開催した。
本事業の開催国であるマレーシアは、ツァイ・ミンリャンなどの一部の世界的な監督を除いてまだ映画の知名度は低く、映画の発展途上の段階であると言える。しかし、近年マレーシア政府が主導して行っているジョホール州の大規模な都市計画「イスカンダル計画」の一部としてエンターテイメント業界が参入したことで、その状況が変わりつつあり、アジアにおけるマレーシアの映画産業の動向も注目されている。また、言語的にもマレー語、英語、中国語という幅広い言語が国内で使用されており、世界マーケットの最大の障壁である言語問題の壁が低いことも特徴である。アジアの経済大国であるシンガポールとの地理的利便性も無視はできない。経済や文化、人材の交流は活発で、今後のマレーシアの映像文化・映画産業が多くの可能性を持っていることは疑いの余地がない。
本事業は、マレーシア屈指の映像教育機関であるMultimedia Universityとマレーシアの日本現地法人であるOLM Asia SDNBHDの協力により、撮影スタジオを完備した理想的な環境と日本を代表する撮影監督、美術監督、編集者、録音技師の指導のもと、日本の映像技術表現と映画の創造性のさらなる可能性を体現することを目的とし、ASEAN諸国の若者達に映画制作に対する情熱を直接体験してもらい、また日本文化への理解を深めてもらう貴重な映画制作ワークショップである。今回の事業が次世代のASEAN諸国での映画制作ネットワークの足がかりになることを大いに期待している。
実施体制
日本側スタッフ | |
講師 | 柳島克己[撮影監督/東京藝術大学名誉教授] |
磯見俊裕[美術監督/東京藝術大学大学院映像研究科教授] | |
三ツ松けいこ[美術監督/東京藝術大学大学院映像研究科非常勤講師] | |
村上雅樹[編集技師] | |
藤本賢一[録音技師] | |
講師補佐 | 森崎真実[撮影助手] |
池田啓介[照明助手] | |
田中直毅[通訳] | |
ディレクター | 横山昌吾[東京藝術大学大学院映像研究科助教] |
ディレクター補佐 | 竹林宏之[フリーランス監督] |
プロジェクトプロデューサー | 岡本美津子[東京藝術大学大学院映像研究科教授] |
ワークショップアシスタント | 北地那奈[東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻美術領域学生] |
企画・運営 | 東京藝術大学大学院映像研究科 |
全体統括 | 公益財団法人ユニジャパン |
事業主任 | 前田健成[国際支援グループグループマネージャー] |
事業担当 | 中﨑淸美[国際支援グループ] |
マレーシア側スタッフ | |
コーディネーター | 日下健太郎[OLM Asia SDNBHD] |
制作部 | Quinn Amalore |
美術アシスタント | Mary Grace Pacat |
協力機関 | OLM Asia SDNBHD, Multimedia University, Malaysia Digital Economy Corporation (MDEC), IMAGICA GROUP, WONG ENTERPRISE, Professional Film Equipment, IMPIAN PRODUCTION, GIGGLES&GEEKS |
シンガポール側スタッフ | |
講師 | 浦田秀穂[撮影監督/LASALLE College of the Arts教授] |
講師補佐 | Tan Jin Lin Jesmen |
参加教育機関
Mahakarya Institute of the Arts Asia(ブルネイ)
Filkhmer Studio(カンボジア)
Jakarta Institute of Arts(インドネシア)
Luang Prabang Film Festival(ラオス)
Multimedia University(マレーシア)
Wathann Film Festival(ミャンマー)
University of the Philippines Film Institute(フィリピン)
LASALLE College of the Arts(シンガポール)
Silpakorn University(タイ)
The University of Theatre-Cinema HCMC(ベトナム)
講師プロフィール
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柳島克己 (撮影監督/東京藝術大学名誉教授)
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浦田秀穂 (撮影監督/LASALLE College of the Arts教授)
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磯見俊裕 (美術監督/東京藝術大学大学院映像研究科教授)
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三ツ松けいこ (美術監督/東京藝術大学大学院映像研究科 非常勤講師)
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村上雅樹 (編集技師)
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藤本賢一 (録音技師)
実施概要
《事業名》
ASEAN2018デジタルシネマ制作ワークショップinマレーシア
《日程》
平成30年11月12日(月)~16日(金)
《開催地》
MultimediaUniversity撮影ワークショップ・マスタークラス
・MultimediaUniversityスタジオ(セット撮影場所)
・MultimediaUniversity校内(ロケセット撮影場所)
美術・編集・録音マスタークラス
・MultimediaUniversityE-theater
《受講学生数》
24人
《受講学生の所属》
Mahakarya Institute of the Arts Asia(ブルネイ)2人
Filkhmer Studio(カンボジア)2人
Jakarta Institute of Arts(インドネシア)2人
Luang Prabang Film Festival(ラオス)2人
Multimedia University(マレーシア)4人
Wathann Film Festival(ミャンマー)2人
University of the Philippines Film Institute(フィリピン)2人
LASALLE College of the Arts(シンガポール)4人
Silpakorn University(タイ)2人
The University of Theatre-Cinema HCMC(ベトナム)2人
《使用言語》
日本語・英語(逐次通訳)
プログラム内容の詳細
《1日目:ガイダンス》
ワークショップの開会式は、Multimedia Universitye-theaterにて行われた。
本事業のディレクターである横山よりワークショップの開催趣旨の説明が行われ、本事業の全体統括であるユニジャパンより開催の挨拶、その後Multimedia University Faculty of Creative Multimedia専攻長Wong Chee Onn代理、Malaysia Digital Economy Corporation(MDEC)のHead, Animation & New Media Creative Content & TechnologiesのJanice Lim氏の両名が挨拶した。本事業の講師陣の自己紹介後、アシスタントの紹介、参加者の自己紹介、ワークショップの趣旨と内容についての詳細説明、撮影ワークショップ時のグループ分け発表、ワークショップのスケジュールの確認などを行った。ガイダンス終了後は、Multimedia Universityスタジオに移動し、撮影ワークショップ・マスタークラスを行った。
《撮影ワークショップ・マスタークラス》
講師との事前打ち合わせにより、今回の撮影ワークショップの主題は「シンプルだがカメラ設定(構図やポジションなど)によってどのような表現に変わるか?」とした。
参加者により深く具体的に撮影ワークショップの内容を理解・体験してもらうため、今回のワークショップで使用する撮影台本は、柳島講師が執筆した。スタジオシーンの設定は、マンションの一室であり、ロケセットは駐車場(車内から車外)である。ワークショップ初日に、グループごとに各役者の動き(ブロッキング)の説明と脚本の解説と設定を伝えた。学生達は、各班でカット割りを行い、ワークショップ時の役割について話し合った。
また、過去のワークショップの反省を生かし、今年度は撮影機材・照明機材についての細かい説明をワークショップ初日に丁寧に行った。これにより、使用する機材の扱い方や特性、照明機材についての詳細な知識を参加者全員が有した状態でワークショップに取り組むことができた。その後、ベースライトを設置し、班ごとに2日目以降の各学生の役割や段取りなどを再確認した。
《撮影ワークショップ》
2日目から3日目までは、運営側が作成したタイムスケジュールに沿って行われた。具体的な内容については柳島講師、浦田講師らの現場の判断に委ね、各講師がワークショップの進行具合と参加者の要望や適性に応じてワークショップを組み立てた。
スタジオセット撮影は柳島講師、ロケ撮影は浦田講師がそれぞれ担当した。参加者はA班、B班に分かれ、さらにスタジオ撮影班とロケ撮影班に分かれた。スタジオ撮影では、事前に配布した脚本をもとにブロッキングが行われ、各班とも参加者間で担当を決め、演出アシスタントと話し合いながらカメラアングルや照明設計を行った。ロケ撮影も同様にブロッキングをもとにカメラアングルなどが決められ、ロケ場所も参加者が撮影可能な区画内で自由に選択できるようにした。
美術セット撮影では、事前に作成した図面に沿って家具などの美術セットが設営され、通
常の映画撮影と変わらないセットとなった。参加者は、初日に講師と一緒にセッティングし
たベースライトを基準として、撮影照明のアイデアを出し合いながらシーンの撮影照明に取り組んだ。美術セットの壁は取り外しできるようになっており、セット内でのカメラポジションの幅を広けるだけでなく、美術セットだからこそできる撮影方式を経験できた。講師らは参加者の撮影や表現の狙いを聞きつつ、的確なアドバイスをしながらワークショップを進行させた。
スタジオ撮影では、ゼロからライティングをつくる必要がある。講師は、昼と夜の両方のライティングのデモンストレーションを行った。具体的なカメラのポジションや移動撮影がどのような違いを生むのか、参加者にそのつど提示し、まったく異なった光のつくり方のプロセスを経験させた。
ロケ撮影では、常に変化する光(日光)に対してどのようなアプローチを取るべきか、カメラのセットボジションによりどのような表現の変化が生じるかなど、参加者同士で議論をさせた。ワークショップの最後には、班ごとに参加者を集めて講師らとのラッシュ上映を行い、撮影した素材を講評した。参加者は講師と同じ撮影条件のもとで撮影し、比較することで、カメラ技術によってどのように表現が変わるのかなど具体的に理解することができた。撮影デモンストレーションにより、参加者の撮影表現に対する理解はより深まったと言える。また、これらフィードバックの機会を設けたことで、プロフェッショナルの意見を明確に参加者に伝えることができた。
撮影ワークショップでは、柳島講師や浦田講師が実際にプロの現場で撮影した撮影素材を見せながら、撮影方法や狙いなどプロの撮影現場の裏話や解説なども行った。
《編集マスタークラス》
編集マスタークラスでは、講師が用意した編集講義資料をもとに進行した。
村上講師は、編集者としての経歴の紹介後、実際の35mmフィルムを使用した編集デモンストレーションを行った。参加者は、フィルム編集の歴史に触れるとともに、実際にフィルム編集がどのような工程で行われているのかを理解できた。
講義後半では、昨年のASEANワークショップの作品映像を参加者に見せながら、同一撮影素材からどのような編集のバリエーションが生まれるのかを提示した。プロの編集技師が実際の撮影素材を見せながら、編集によりどのような表現の違い、物語の違いが生じるかなどを具体的に解説することで、学生の理解はより深まった。これにより編集技術の基本から実践までを学べる編集マスタークラスとなった。
《美術マスタークラス》
美術マスタークラスでは、磯見講師と三ツ松講師の両名が講義を行った。
まず、三ツ松講師が担当した美術監督作品を中心に美術資料(デザインなど)を見せながら講義した。次に磯見講師との対談を行い、映像を通してデザイン段階から最終段階(上映)に至るまでどのような行程を経ているのか、ロケセットとスタジオセットでの美術表現の違いや、ロケをスタジオで再現するときの注意点やその行程など、当事者だから説明できる内容を細かく参加者に伝えていた。学生からは、三ツ松講師が過去に担当した作品でのエピソードや表現の工夫などについて多岐にわたる質問があがった。講義後も各作品のデザイン画を用いてより細かい説明を行い、参加者も積極的に講師に話しかけていた。
《録音マスタークラス》
録音マスタークラスでは、藤本講師が学生時代から録音技師として活躍するまでのキャリアを自ら紹介した。参加者は、自分達と同じ学生からプロになるまでどのような経緯を辿ったかを具体例として知ることができた。
技術的な内容では、藤本講師が担当した作品の解説だけでなく、現場での一般的な録音時の注意点、スタッフの動きやロケーションでの録音の意義などを、これまでの経験や資料をもとに詳しく説明した。参加者は、想像とは異なるきめ細やかな録音部の現場の作業について興味深く聞いていた。また、簡単な実践として、ブームマイクを使用し、ブームオペレートについての指導も行った。参加者はブームの握り方からオペレート時のマイクの向きなどを体験し、実用的な技術を習得できた。サウンドデザインの重要性や映画表現、現場からポストプロダクションに至るまでの作業の内容など、大変濃密な講義となった。
アンケート結果
- Lil(ブルネイ)
経験豊富な講師陣から制作に対する取り組み方を学ぶことができた。日本での映画に対する捉え方や技術に興味を持つようになった。
- Kharo(カンボジア)
これまで映画学校に行ったことがなかったので、現場で丁寧に教えてもらうことは難しかった。今回のワークショップでいろんなことを学ぶことができて視野が広がった。日本の芸術文化に対して、さらに理解を深められた上、敬意を払うようになった。
- Carine(インドネシア)
映画学校に通っている。日本映画にはこれまで興味がなかったが、実際に講師陣に会い、現場での経験を聞くことができて、日本映画から学ぶことがたくさんあることに気づかされた。
- Jocky(ラオス)
セットでの撮影が非常に楽しかった。撮影や録音技師もそれぞれが作品に対するテーマを持っていることが理解でき、作品に対する取り組み方を体感できた。
- Dumi(マレーシア)
実写制作はほとんど経験がなかったので(アニメーション、VFX専攻)、実際に機材を触ることが貴重な経験だった。多くの人達がこのワークショップに参加しており、日本も世界と繋がろうとしているんだと感じた。
- Raven(マレーシア)
違う国や文化の人と一緒に制作することによって、国際協力制作を経験することができた。日本の講師陣の経験や知識を伝達してもらえて感謝しています。
- Nay(ミャンマー)
普段は脚本を書いていて、撮影や編集は関係がないと思っていた。しかし、ワークショップで撮影や他の領域の講義を通して、これらも映画制作には欠かせず、お互いに関係しているということを学んだ。
- Jaye(フィリピン)
このワークショップは本当に特別な機会で、経験豊富な講師陣から5日間に圧縮された多くの知識を得ることができた。
- Ed(シンガポール)
撮影に対する知識をたくさん得ることができたし、照明に関しても違うタイプの光をつくることを学んだ。
- Jon(シンガポール)
メーターの読み方やフォーカスの送り方のような技術面だけでなく、制作に対する取り組み方や柔軟な考え方を勉強することができた。美術、編集、録音の講義からも日本映画の作品に対する独創性を感じることができた。
- Guy(タイ)
このワークショップを開催してくれた藝大や関係者に非常に感謝しています。広い地域から新しい友達もできた。今回出会ったたくさんの人との会話や経験は大切にしていきたい。
- Paul(ベトナム)
今回が初めての海外でのワークショップだったが、国際協力制作も経験できたし、映画のテーマがどのようにつくられているかということも勉強できた。日本に行ったことはないけれど、講師陣も楽しく、非常に熱心に教えてくれて、いつかまた彼らのもとで学びたいと思った。
- Malik(ブルネイ)
プリプロダクション、撮影、ポストプロダクションという映画制作を一通り勉強できた。自分が持っていた疑問をトップランナーの講師達に直接質問することができ、非常に有意義だった。
- Rado(カンボジア)
これまではドキュメンタリーを制作していて、ドラマの映画制作を始めるようになったことをきっかけにこのワークショップに参加した。2~3年後には自分で監督をしたいが、撮影のみならず他の部署の話を聞くことができたことは有意 義だった。日本だけでなく、他のアジア諸国の文化に触れ合うことができた。
- Yasir(インドネシア)
学校では撮影を専攻しているが、柳島さんや浦田さんのような経験豊富なカメラマンから学校では学ぶことができないコツを教えていただいた。
- Lee(ラオス)
新しい知識や友達を得ただけでなく、強い刺激やインスピレーションを受けたので、早くラオスへ帰って映画をつくりたい。講師陣も優しくて、楽しい方々が揃っていた。
- Alan(マレーシア)
過去に現場での経験はあったものの、このワークショップで他国の学生と協力して制作するのは初めての経験だった。
- Nina(マレーシア)
今回、初めて映画用の撮影機材を触ることができた上、さまざまな国から来た人達と協力しながら撮影現場を体験するという貴重な経験ができた。
- TharKhin(ミャンマー)
撮影、編集、録音の理解がさらに深まった。他のアジアの国々から新しい友人もでき、それぞれの出身地の状況や文化に触れ合うことができた。
- Issa(フィリピン)
たくさんの国の人々が集まっているにもかかわらず、映画は言語の壁がないことを実感できた。いろんな情報を共有できたので、今回得たものをしっかりフィリピンに持って帰りたい。
- Charis(シンガポール)
撮影では、ただカメラのことだけでなく、役者の芝居も気にすることを学んだ。フォーカス一つにしても芝居や演出に絡んでいて、一つひとつの技術に対して理解を深めることができた。他のアジア圏の学生と協同作業をして、文化や言語の差に苦しむことはあったものの、ここで国際協力制作を体験したことは将来に活きると思う。
- Regine(シンガポール)
アジアの国々の学生と協同して制作することで、他国の文化に対する視野を広げることができた。今回のワークショップで学んだ部署ごとの講師から直接話を聞くことで、彼らの映画に対する態度や取り組み方を学んで真似したいと思うようになった。
- Putsa(タイ)
このワークショップで撮影や編集、美術のセットデザインに関することのすべてを学ぶことができた。何よりも他国からの素敵な友人ができた。
- Tyrone(ベトナム)
今回初めて日本人の先生と出会い、撮影、美術、編集、録音のそれぞれの部署から細かい講義を受けることができた。情報量が多くて飲み込むのが大変だったが、このワークショップからから少しでも何かを学ぶことができたら。マレーシアにいながら日本のことを学んでいるようで、かつ他のアジア地域のことも学べた。
まとめ
今回のワークショップでは、昨年より参加国を増やし、ASEAN諸国全10カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)から参加者を募った。参加者は隣接国であるが、異なる文化をバックグラウンドに持ち、なおかつ母国語でない言語で他の参加者とコミュニケーションを取らなくてはならなかった。スタッフも含め、文化と言語を超えるコミュニケーションの難しさを実感し、同時にその壁を超えてコミュニケーションができたときの喜びを感じることができた。何より映画制作における意思疎通の重要性を経験することができたのではないだろうか。言語や文化を超えて“映画”という共通言語を用いることでお互いが理解し合えるということも十分に実感できたはずである。
昨年は、高度な映画制作技術の習得を目的とし、撮影と編集領域に特化したワークショップを行った。完成されたワークショップ形式であったと言えるが、一方で参加者の映画知識や技術の違いにより参加者の満足度、ワークショップへの積極性という点でばらつきが見られたのも事実である。今年は、参加国が全ASEAN諸国に広がることによる参加者のレベルの格差を顧慮し、各領域の専門性にフォーカスするのではなく、表現と技術的な映画制作全般の知識と技術を幅広く体験できるプログラムとした。撮影、美術、編集、録音の各領域のワークショップとマスタークラスの内容については実習形式か講義方式がよいのか、各担当講師と議論を重ねて決定した。
今回は参加者の英語力と興味分野、映画知識を確認するために、スカイプを使用して面接を行い、参加者を選出した。事前に参加者レベルを把握できたことでグループ分けの際に各班の知識・技術力を揃えることができたのは大変有効であった。
撮影ワークショップは、脚本と役者を使用して行ったが、映画制作としての撮影行為(シーンを撮りきる)ではなく、一つひとつのカメラポジションや構図、カメラの動きに重点を置いたことで、時間をかけてワークショップを進行できた。また、学生の撮影の合間に講師がデモンストレーションを行ったことで、参加者と同一条件のもとでプロフェッショナルがどのようにカメラ操作をするのか、どのような点に注意を払うのか、技術や考え方の違いは何かなどを直接目の当たりにすることができたのは大変効果的だったと言える。脚本も講師が自ら執筆したことで、脚本の内容と講師が参加者に伝えたいこと、体験してほしいことを直接ワークショップに反映できた点もよかった。
また、参加者と講師が撮影した素材を当日に講評した。参加者に撮影の実感がある間に各人にフィードバックすることを通じて、より参加者の撮影表現と技術に対する理解を深めることができた。運営側で脚本やワークショップテーマ、役者や演出者などを用意したことにより、参加者は撮影の作業に集中できた。美術セットも脚本の意図を反映したものを事前に準備・設計できたことで、本ワークショップに適したセットとなった。
演出スタッフには、作品づくりでなくワークショップであるという前提と意図を事前に伝えたことで、撮影現場でもワークショップの狙いを壊すことなく、臨機応変に演出をつけてもらうことができた。これらの事前準備と現場での柔軟な対応ができ、参加者はより撮影講師の意図に沿った体験と学習をすることができたのではないだろうか。柳島講師、浦田講師の両名も、空き時間などに積極的に自身が撮影した作品のラッシュなどを見せ、解説を行った。
参加者にとっては、映画になる前の素材を撮影者の解説付きで見ることとなり、大変貴重な時間を過ごすことができた。参加者のアンケートからも、今回の撮影照明ワークショップで実践的技術や理論、撮影監督の姿勢、現場でのコミュニケーション、意思の疎通の重要性など多くのことを学び経験したことが窺える。この結果からも今回の撮影照明ワークショップが、参加者が普段の撮影現場や教育現場では学ぶことができない多くのものを体験できたと考える。
美術マスタークラスでは、どのようにデザイン画がつくられ、どのような工程を経て美術セットとなり、最終的にミザンセン(カメラに映るすべてのもの)として映像になるのか、その工程を理解することができた。ロケセットとスタジオセットでどのように同じ美術にするのか、ロケセット美術をどのように脚本や監督の意図に沿うように修正するのかなど、磯見講師がホストとして三ツ松講師に質問したことで、参加者だけでは気がつかない実践的な内容の講義となった。